EP 3
『神獣と半神のド派手な援護射撃』
「後退だ! 重火器班、何をもたもたしてる! 盗品バズーカと機関砲で、あの土方ごと周囲を吹き飛ばせェッ!!」
闇ギルドの傭兵隊長が泡を飛ばして絶叫した。
木立の陰に潜んでいた伏兵たちが一斉に黒布を跳ね除け、持ち上げられたのは三基のドンガン製連射式魔導機関砲、そして二門の超大型魔導バズーカ。砲身内の魔導回路が臨界点に達し、甲高いチャージ音が夜気を劈いていく。
三十メートル前方に立つ一鬼を、一瞬でミンチと黒焦げの炭に変えるだけの飽和火力。
だが、一鬼は避ける素振りすら見せなかった。
黒のニッカポッカのポケットから手拭いを取り出し、先ほど解体した死蟲機の油がわずかについたポン刀の刀身を、端座の姿勢のまま静かに拭い清めている。
――ガギィィィンッ!!
「貴様らの下劣な砲火など、イチキ殿の足元にすら届かせんッ!」
大気を揺るがす剛音とともに、銀光の壁が一鬼の眼前へと滑り込んできた。
ケンタウロスの下半身で大地を力強く踏みしめ、左腕の超大型パイルバンカーシールド『アグニ』を真っ向から構えたマンミアだった。
放たれた機関砲の第一波――数十発の炸裂徹甲弾がアグニの表面に激突し、火花とスキップ弾を四方八方へ撒き散らす。厚さ十センチを超える特注ミスリル複合装甲は、傷ひとつ負わずに直撃を弾き返していた。
「メビウス、行けッ!」
マンミアの右腕が唸りを上げた。
腰から引き抜かれた超硬度ミスリル鎖『メビウス』が、蛇のように夜空へ躍り出る。先端の分銅が超音速で飛翔し、機関砲座の防護鉄板を木っ端微塵に粉砕。そのまま鎖が二基の機関砲をまとめて絡め取ると、マンミアは腰の強靭な捻りだけで、総重量数百キロの砲座を宙へと軽々と引きずり倒した。
「ヒエン殿、今です!」
「おうよ! 任せな、マンミアさん!」
マンミアの背中を蹴って、紅蓮の軌跡を描きながら夜空へ跳躍したのは半神の鍛冶屋ヒエンだった。
その背丈ほどもある大鎚の先端に、不死鳥の神火がボウッと立ち上る。
「てめぇらの鉄屑なんざ、俺の火床の薪にもなりゃしねぇよ! ――『神火溶断・火砕槌』ッ!!」
振り下ろされた大鎚が、大地を揺るがす勢いで敵陣のど真ん中へ叩きつけられた。
ドゴォォォォンッ!!
衝撃波とともに吹き上がったのは、白銀と深紅が混ざり合う浄化の炎の奔流。発射直前だった魔導バズーカの砲身が、熱線弾を吐き出す間もなく、分子レベルでドロドロの鉄湯へと一瞬で溶解していく。
「ぎゃあああっ!? 熱ちぃぃっ! 砲身が溶けたァッ!?」
「化け物だ! この村の連中、どいつもこいつも人間じゃねぇぞッ!」
悲鳴を上げて逃げ惑う傭兵たち。
だが、背後の退路すら、すでに完全に断たれていた。
「へっ、どこへ行こうってんだよ、ドブネズミ共」
冷え切った嘲笑とともに、闇の中から姿を現したのは狼王フェンリルだった。
ファー付きレザージャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、退路を塞ぐようにあぜ道の中央に立ち塞がる。その青白い瞳がギラリと光った瞬間、フェンリルの口から吐き出されたのは、夜気すら凍りつかせる絶対零度のブレスだった。
――ギチギチギチッ!!
霜柱が爆発的な速度で地面を這い、傭兵たちの足元を瞬時に覆い尽くしていく。
泥も、水路の泥水も、草木も、一瞬にしてカチカチの永久凍土へと変貌。逃げようとした十数人の傭兵が、腰から下をガッチリと氷漬けにされ、身動きを封じられた。
「ひぃっ! 足が、足が凍りついて動かねぇッ!」
「おいフェンリル! 貴様、獲物を独り占めするなとあれほど言ったはずだぞ」
ドスン、と地響きを立てて歩み出てきたのは、暗色のコートを風になびかせる竜王デュークだった。
咥えたポポロシガーを指先でつまみ、紫煙を夜空へ吹き上げる。その金色の竜瞳に映るのは、もはや戦士としての敵ではなく、台所の隅を這い回る害虫を見る冷淡さだけだった。
「我が至高のスープの仕込みを妨げ、あまつさえ一鬼の磨き上げた寸胴に傷をつけようなどと……その罪、万死に値する」
デュークが深く息を吸い込んだ。
胸郭が黄金の魔力光でボウッと発光する。
一山を丸ごと灰に変える始祖古竜のブレス――だが、デュークは寸胴の火加減を調節するように、極限まで威力を『弱火』に絞り込んだ。
ゴオオオオオッ……!!
口から放たれたのは、黄金色の細い火柱。
それは凍りついた傭兵たちを焼き殺すのではなく、後方に控えていた闇ギルドの装甲車三台をピンポイントで包み込んだ。
ジュウウゥッ!と凄まじい高熱の蒸気が上がり、厚さ五センチの鋼鉄装甲が、まるで真夏のバターのようにトロトロと溶け崩れていく。燃料タンクが誘爆する隙すら与えず、車体そのものが巨大な鉄の塊へと圧縮・無力化された。
「……ヒ、ヒエェ……」
「車が……装甲車が溶かされた……」
もはや戦闘ですらなかった。
大陸の覇権を争うレベルの神話級戦力が、たった数人の連携で、二百人の武装軍勢の前衛・中衛を文字通りの「児戯」として蹂躙していく。
「……フン。実に非効率なエネルギー消費だな」
戦火の煙を裂いて、すたすたと歩み出てきたのはインテリ奇樹ネギオだった。
手にした聖葱剣『ネギカリバー』を無造作に一閃させる。
ヒュンッ、と青白い切断闘気の刃が空を薙ぎ、残っていた傭兵たちのボウガンの弓弦と、鎧の留め金だけが綺麗に切断されてパタパタと落ちていく。
「武装解除完了だ。減価償却の観点から言えば、これ以上兵器を破壊するのは資源の無駄遣い。貴様らの身柄は、ポポロ村の労働力として適正に徴用させてもらう」
「おーい! 一鬼さーん! 道、綺麗に均しておいたぜーっ!」
ヒエンが大鎚を担ぎ直し、満面の笑みで振り返った。
長屋の面々が一鬼を取り囲むように扇状の陣形を作り、彼らの足元には、完全に戦意を喪失してガタガタと震える闇ギルドの残党が折り重なっている。
一鬼は、手拭いで刀身を拭い終えると、カチリと澄んだ音を立ててポン刀を鞘へと収めた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……手前ら、えらく派手にやってくれやしたね」
一鬼は苦笑交じりに首を横に振った。
三十五年の服役生活、組の若い衆がカチコミ先で暴れ回った後の光景を思い出し、どこか懐かしいような、それでいて呆れたような心地だった。
「ですが……おかげで、畑の土をこれ以上踏み荒らされずに済みやした。背中を守ってもらった恩、重ね重ね感謝いたしやす」
一鬼が深々と直角九十度の礼を返すと、猛者たちは揃って居心地悪そうに視線を逸らした。
「ふ、ふん! 礼など要らん! 我がスープの灰汁取りの借りを返したまでよ!」
「へっ、俺は腹ごなしの運動をしただけだっつの」
「イチキさん、水臭いって! 俺たち同じ長屋の仲間だろ!」
口々に照れ隠しの悪態をつく怪物たち。
その光景の横で、キャルルは胸の奥を激しい高鳴りで満たしていた。
誰一人として怪我を負わず、誰一人として殺さず、ただ圧倒的な格の差で敵の軍勢を制圧していく。
そして何より――この規格外の怪物たち全員が、たった一人の「作業着の元極道」のために、誇らしげに腕を奮っているのだ。
(やっぱり……イチキさんは、本物の王様……ううん、親分なんだ……♡)
キャルルのルビー色の瞳が、うっとりと熱を帯びる。
しかし――安堵の空気が漂ったのも束の間。
ズズズズズズ……ッ!!
突如、地底深くから響くような、不気味な重低音の地鳴りが戦場を揺るがした。
北西の深い森の奥、木々が薙ぎ倒され、夜の闇を圧迫するような巨大な影が、ゆっくりと姿を現し始めていた。
「……チッ、まだ親玉が残っていやがったか」
フェンリルが眉をひそめ、牙を剥く。
煙の向こうから現れたその姿に、自警団のマンミアが息を呑んだ。
「死蟲軍の……最終生体兵器……ッ!」
ポポロ村の防衛戦は、いよいよその最奥の深淵へと突入しようとしていた。




