【20】天我の過去
ダンダンとダーツを投げてボードに刺しながら雪塚朱雄は鬼泉正輝に聞いた。
「なあ、正輝、お前、どこの学校から転校してきたの?」
「え? ああ、聖愛学園っていう学校からだけど」
「聖愛学園? 知らねぇな。まぁいいや。お前も、帝林のてっぺん取りにうちに転校してきたの?」
「帝林のてっぺん?」
「ああ、帝林のてっぺんだよ。帝林高校の不良達を制圧して全員従わせるってことだ。俺さ、本気で狙ってたんだよ。帝林のてっぺん、ただ、その椅子だけをな」
屈託のない純粋な笑みを雪塚朱雄が鬼泉正輝に向けた。
「帝林高校は、東京随一とも言われる不良高校だ。俺だけじゃない。うちに入学してくる奴らはみんな、帝林高校でのし上がって、てっぺん取ることだけを目指してくる」
「へ、へぇ、すごいね、なんでみんな、そんなに、てっぺんにこだわるのかな?」
その言葉に雪塚朱雄はキョトンとした。
そして一拍おいて豪快に笑った。
「ハハハ、何当たり前のこと聞いてんだよ。男としての箔が付くからに決まってんだろ? 日本随一の最狂最高の不良高校、この帝林高校のてっぺん取るなんて、俺たち漢の最高の夢じゃねぇか!」
そう言って雪塚朱雄は両手を広げた。
男としての箔、漢の最高の夢、正輝にはその感覚が理解できなかった。
「そ、そうなんだ。とんでもない所に入学しちゃったな、僕は」
鬼泉正輝が愛想笑いしながら、そのように雪塚朱雄に応じた。笑ってごまかしたが、心臓の鼓動が少し速くなっていた。
この雪塚兄妹にはいつも調子を狂わされる。
まっすぐで、破天荒で、誰にも媚びない。
……だけど、どこか惹きつけられてしまう。そんな魅力を持ってる。
「だが、一人でてっぺん取ろうなんて夢見ても、帝林じゃまず無理だ。だから、俺たち不良バカは、信頼できる強え仲間集めて、チーム創って、組織を大きくして、敵対する同じような不良バカの周りの奴らを叩き倒して、みんなてっぺんを目指すんだ。天獄会もそんなバカみてぇな漢達の夢を叶えるチームの一つさ」
天獄会は、帝林高校のてっぺんを制圧するために作られた組織?
「さ、お前の番だぜ、正輝」
そう言われて、鬼泉正輝はダーツを掴んだ。
鬼泉正輝はたどたどしい足取りでダーツマシンの前に立つ。
思いっきり投げてみるが、なかなか当たらない。
初めてなので下手なのもあるが、それだけではなかった。
天我元斗、覆面男、情報屋テツ、聖愛学園、そして、姉の事件。頭の中では、いくつもの疑問が疑問で渦巻いていた
「ははは、下手だなぁ、正輝。もっと力抜いて真ん中狙えよ」
そう言って朱雄は再度豪快に笑った。笑いながらも朱雄の声にはどこか温かさがあった。
……こんな風に、誰かと笑いあったのはいつぶりだろうか、とふと思った。
鬼泉正輝は、笑うしかないような低スコアを叩き出し、少しバツの悪そうな顔で、雪塚朱雄の隣に戻ってきた。
「あの、朱雄くん、それで、その後、天獄会はどうなったのかな?」
その鬼泉正輝の言葉に、わずかに雪塚朱雄は顔を曇らせた。
「ああ、そうだな。続きを話そうか……。
……帝林高校の設立以来、未だに帝林高校のてっぺんを獲った奴はいない。てっぺん獲るってのは、まあ、伝説みてえなところもあるからな。最強の軍隊作って、ようやくてっぺんが見えてきたとしても、期限がくれば卒業ってことになる。夢は泡となって消える」
「……」
「それでも、帝林の五〇年近くの歴史の中で、あいつがいま、最もてっぺんに近い」
「あいつ?」
「天我元斗だよ。現天獄会の総長。俺は、俺と元斗が一緒なら、必ず帝林を制覇できると思っていた。必ず二人で伝説をつくれると」
朱雄が昔について話しながら軽々とブルに入れた。
「えっと、天我元斗君と朱雄君は、どういう繋がりがあるのかな?」
鬼泉正輝が雪塚朱雄に聞いた。
「かすみから以前聞いたことあるかも知れねぇが、俺とかすみ。俺たち兄妹には親がいねぇ。俺たち兄妹は孤児院で育った。アイツ、天我元斗もな」
「へぇ。じゃあ朱雄君とかすみちゃんと天我元斗君は、みんな同じ孤児院で育った幼馴染なんだね」
「ああ、俺と元斗、かすみ、あともう一人の女の子がいた。俺たち四人はいつも一緒だった」
「もう一人の女の子?」
「その女の子は元斗の恋人だった。とっても綺麗で誰にも優しくてな」
「……」
「で、元斗は喧嘩の天才だったよ。それに頭もキレるし、頼りになる奴だった。俺と元斗はいつも組んで毎日喧嘩ばっかして、かすみやその女の子によく叱られていた。
……俺たちは無敵だった。不良の巣窟の帝林高校に入学しても、俺たちなら絶対帝林のてっぺん獲れると思ってたんだ。あの頃は夢に溢れていた。天獄会をでっけぇチームにして、強え奴ら全員従えて、最強の軍団にする。そして、天我元斗と二人で帝林のてっぺん獲って、帝林の屋上から帝林を見下すんだって、はしゃいでいた」
鬼泉正輝は天我元斗の意外な一面を知って、しばらく考えた。
「俺は最初あいつと一緒に、天獄会の幹部として、天獄会をデカくしていった。楽しかったよ、喧嘩して、勝利して、組織は日々大きくなっていって、夢に近づいていくのが」
雪塚朱雄が内ポケットから新しいダーツを取り出した。
「この帝林高校は、知っての通り東京の中で最狂最悪とも言われる不良高校だ。帝林高校の奴らは皆、何かしらの闇を抱えている。理不尽に虐げられ、ゴミのように扱われ、社会全体に恨みを持っている奴らも少なくねぇ。思えば、天獄会は、単に帝林高校のてっぺんを獲るためだけの組織じゃなかった。俺たちクズの居場所として、天獄会はうってつけのギルド、最高の遊び場でもあったってわけだ」
当時を楽しむように満面の笑みで話し続ける雪塚朱雄を見ながら、鬼泉正輝が、考えをまとめきれなかった。
一点気掛かりな点があった。鬼泉正輝が大事なことを聞いた。
「そうなんだ、朱雄君と天我元斗君は最強のタッグだったんだね。最高のチーム、天獄会を最強の組織にして、帝林高校を制圧しててっぺん獲ろうとしていたんだ」
朱雄が頷いて口元を緩めた。
「それで、天我元斗君の彼女は今どうしているのかな?」
朱雄の笑みが止まった。一瞬、沈黙が落ちた。朱雄の目がわずかに伏せられる。
「……死んだ」
「死んだ?」
「ああ、死んだんだ、二年前に。俺たちに黙って一人でな。思えば、天我元斗が人が変わっちまったようになったのも、それが最初のきっかけだったな……」
「天我元斗君が人が変わった……」
鬼泉正輝がつぶやいた。
「それからだ、奴は、元斗は天獄会という組織作りを大きく別の方向に動かし始めた。徐々に、だが、確実に。まるで、何かの邪悪な目的を達成するための、暗黒の集団、兵器のように変貌させるためにな」
天獄会は元々の、帝林高校のてっぺんを取るための集団であり、不良達の心の拠り所、夢を叶える純粋な遊び場だった。その当初の目的が崩れ始めたということか?
「そ、そうなんだね、色々変遷があるんだね。で、でもさ、今でも朱雄くんは天獄会の幹部として、天獄会朱雀隊のリーダーとして、今も、天我元斗くんと一緒に天獄会を盛り上げているんでしょ?」
その言葉に、雪塚朱雄は、しばし目を閉じて、じっと考えた。まるで、過去との決別を迷い、そして決断するように。
そして目を開き、続けた。
「いや、俺は奴の、元斗の進む道に、これ以上は着いていけねぇ。あいつの、天我元斗が考えている、現天獄会の真の目的を知った今はな」
「現天獄会の真の目的?」
鬼泉正輝が考えこんだ。天獄会は天我元斗と雪塚朱雄が協力して立ち上げた組織というのは事実らしい。荒くれ者の帝林高校の不良達をまとめ上げて帝林高校のてっぺんを獲る、そのために。
……だが、恋人を失った天我元斗が、天獄会を別の方向に動かす真の目的とは一体……?




