【21】拳の意味
雪塚朱雄が自前のダーツの矢を握った。
「なあ、正輝、お前、強ぇだろ」
突然、雪塚朱雄が真面目な顔になり、話を変えた。
「えっ?ダーツ?」
「違ぇよ。喧嘩」
「……」
雪塚朱雄がダーツボードから目を離し、鬼泉正輝の方を向いた。
「隠すなよ、お前が以前、チーマーを蹴散らして妹を救ってくれたことは、聞いている。お前の拳には、まっすぐな信念が宿ってるんだって、かすみが言ってたわ」
クリスマスイブの帰り道にかすみが言っていたことを正輝が頭の中で思い起こした。
「お前には、妹を救ってくれた恩がある。それに、帝林じゃあ、弱い奴は生き残れねぇ。俺はお前に賭けようと思うんだ。天我元斗は止めなきゃならねぇ」
ダーツを握る朱雄の拳が強く握られた。
「そのためには俺は帝林のてっぺん獲らなきゃならねぇ。鬼泉正輝、俺と一緒に帝林のてっぺん目指さねぇか? 俺は、どうしても、もう一度、夢を託せる最高の相棒が欲しいんだ。天我元斗と目指した夢、お前とならやれそうな気がするんだ」
唐突な雪塚朱雄からの提案だった。他の朱雀隊の連中も真剣な目で鬼泉正輝を見ていた。
「僕は……」
正輝が言いかけたその瞬間、ダーツバーの自動扉が勢いよく開いた。
突然二人の男がダーツバーに乱入してきた。
「雪塚朱雄ぉ、それから朱雀隊ぃ!コラァ!」
二人の不良が鬼泉正輝と雪塚朱雄の前に現れた。
「何だテメェら。白虎隊のカス兄弟どもか?」
雪塚朱雄がその二人の不良に目も合わせずに言った。
「カス兄弟どもだぁ? コラァ!」
「俺ら天獄会白虎隊の木虎双子兄弟舐めてんのか? コラァ!」
木虎双子兄弟を名乗る、一卵性で全く同じ顔の二人が雪塚朱雄に声を荒げた。
「何の用だよ、トラ猫軍団の双子」
「うるせぇぞ雀の群れ風情が! てめぇ何天獄会の集会への参加命令無視してんだよコラァ!」
「天獄会玄武隊の亀元武史潰した奴探すための重要な集会だったんだぞコラァ!」
木虎双子兄弟が交互に雪塚朱雄に怒鳴った。
「知らねぇよ。亀元が潰されたのは、アイツが弱すぎるからってだけだろ。それに、俺、もう天獄会の集会とか参加しねぇから」
雪塚朱雄が木虎双子兄弟に言う。
「んだと!? テメェ天獄会抜ける気かコラァ!」
「何なら今すぐここで白虎隊が朱雀隊潰すぞコラァ!」
すると、雪塚朱雄の天獄会朱雀隊副隊長の雀崎が前に出た。
「コラァ、コラァ、とやかましい双子兄弟だな。雪塚隊長、やっちまいましょう」
天獄朱雀隊副隊長の雀崎が進み出た。
木虎兄弟と天獄朱雀隊の15名が一歩も引かず見返し合った。
すると木虎双子兄弟の兄のスマートフォンが突然鳴動した。木虎双子兄弟の兄は雪塚朱雄を睨んだままスマートフォンをポケットから取り出した。
「はい、もしもし、あ、隊長ですかコラァ」
「兄貴、隊長からか? コラァ」
「あ、はい、分かりましたぞコラァ」
そう言って木虎兄弟の兄はスマートフォンを切った。
「助かったなぁ雪塚朱雄ぉ! ここは見逃してやるぜ、天獄会白虎隊、天獄四天王、阿久津景虎君からの指示だぞコラァ!」
「景虎君に感謝しろよコラァ!」
そう言って木虎兄弟は去っていった。
「なんだ、ありゃ。怒鳴り芸の双子漫才師か? 次は劇場でやってくれよ」
朱雀隊副隊長の雀崎がつぶやいた。
12月26日(金曜日)夕刻
鬼泉正輝は、アパート寮の一室でサンドバッグを黙々と殴っていた。
それは近藤が、彼のために特別に用意したものだった。
鬼泉正輝の住むアパート寮は、聖愛学園を卒業したものの、行き場のない生徒達のために用意された部屋だった。
血の気が多い聖愛学園卒業生達の苛立ちを発散させるために、色々な小道具を置く習慣があるらしい。
鬼泉正輝がサンドバッグを叩くたびに、ドンッと小気味よい打撃音が跳ね返ってきた。新しい仲間達と笑い合ったはずなのに、胸の奥の棘は抜けないままだった。あの天我元斗という男の影が、心に重く圧し掛かっていたからだ。何度打ち込んでも、心の奥底に澱のように溜まった苛立ちや焦燥は霧散しなかった。
小一時間サンドバッグを叩いた後、鬼泉正輝は拳に全身全霊の力を込め、渾身の一撃ストレートをサンドバッグに放った。
ドオンと凄まじい音がした。
鈍く重い衝撃音が室内に響き渡り、次の瞬間、サンドバッグの表面がバリッと裂けた。正輝の拳は、まるで怒りの塊そのもののように、深々と中にめり込んだ。鬼泉正輝が拳をサンドバッグからズボッと抜くと、砂がサラサラと破れた穴から溢れ出した。
砂がこぼれ落ちるのを見ながら、正輝は拳を見つめた。
姉、鬼泉香菜子や、雪塚かすみの言葉が思い出された。
(こいつは、壊すためだけにあると思っていた。ただ、ターゲットどもをこの拳でぶっ潰せばいいと。だが、それじゃ、駄目ってことか? こいつが、本当に、何かを守る力になるのか? かすみの言っていた、拳に宿る信念ってのは一体何なんだ?)
すると、ピリリリとスマートフォンが鳴った。
鬼泉正輝はタオルで軽く顔の汗を拭き、鳴動するスマートフォンを手に取った。
「もしもし」
『俺だ、近藤だ。状況を教えろ』
「近藤先生か、俺からもちょうど電話しようと思っていたところだ」
『ほう、偶然だな。何があった?』
「天獄会の四天王の一人とコンタクトを取れた」
『朱雀隊の雪塚朱雄か?』
「ああ、雪塚朱雄は、天我元斗と同じ孤児院出身で天我元斗とは幼馴染らしい。天獄会は元々帝林高校を統一するためのチームだったようだ。それが、総長である天我元斗自身の闇堕ちによって凶悪組織へと変貌を遂げようとしている」
『ほう、調査は順調に進んでいるようだな』
「そこで、近藤先生、ある事件を調べて欲しい」
『事件?』
「雪塚朱雄と天我元斗がいた孤児院に、天我元斗の恋人もいたらしい。だが、すでに死んでいるそうだ。その女性が死んだ事件について調べられないか?」
『女性が死んだだと? いつ頃だ?』
「二年程前らしいが、詳しくは分からない。だが、もしかしたら、死んだのではなく、殺されたのかもしれない。天我元斗が闇堕ちしたのはその事件が発端になっている可能性が高い」
『なるほど、それで、調べてどうする?』
「天我元斗を誘き出す。俺に考えがある」
姉貴の追っていた事件、政治家と麻薬、そして、天我元斗の恋人の死。まだ繋がっている確証はない。だが、予想が正しければ、この真実を突き止めれば必ずや元斗本人を炙り出せるはず。
『ほう、お前もだんだん頭が回るようになってきたか。そこまで物事を考えられるようになる日が来るとは思わなかった』
電話越しの声には、わずかな驚きがあった。
『分かった。事件の調査は任せておけ』
「頼んだ、近藤先生」
鬼泉正輝は近藤との通話を切った。
サンドバッグからはまだサラサラと砂が溢れ落ちていた。




