【13】クリスマスプレゼント
鬼泉正輝はアパート寮に帰った。そして早速近藤に電話をした。ラピスで感じた違和感が、まだ頭から離れなかった。
『おう、鬼泉か、ようやくお前の方から報告電話を入れるようになったか。さて、帝林高校の制圧状況はどうだ?』
「奴ら天獄会の一部、天獄会玄武隊と交戦した」
『なに? もう奴らと戦ったのか? 時期が早いぞ。何故プラン通りにやらなかった。もう少しお前の存在を奴らに油断させてからじゃないと』
近藤が苦々しく答えた。天獄会の力を測るために天獄四天王の能力を調査する指示は受けていたものの、騒ぎを大きくしたことは鬼泉正輝の独断だったからだ。
『天獄会は玄武隊だけじゃねぇ。白虎隊や青龍隊といった、より強大で狂った連中が魑魅魍魎と蔓延っているんだ。奴ら全体の力を把握しねぇと、帝林高校制圧なんか、百年かかっても出来やしねぇぞ』
近藤が苛立ちを鬼泉正輝にぶつけた。
「ある理由で、早急に突入しなければ仕方ない状況になった」
『理由? なんでだ? クラスメートの葵馬咲希を助けるためか?』
「・・・」
図星を突かれて鬼泉正輝には反論のしようが無かった。
『まったく、あまり場当たり的な個人の感情で動くなよ。だがやっちまったもんは仕方ない。天獄会の連中にお前の真の力がバレるのも時間の問題だろう。どうするつもりだ?』
「天我元斗を誘き出すまで、天獄会の人間どもを片っ端から叩きのめす」
その鬼泉正輝の短絡的な思考と言葉に、近藤がため息をついているのが分かった。
『ちっ、少しは頭働くようになったのかと思ったら、鬼泉、お前、本当に後先考えず突っ込む奴だな。天我元斗を誘き寄せてお前とタイマン張らせて一騎打ちで倒そうっていう俺の当初の作戦、プランAが水の泡じゃねぇか』
「・・・」
『あーあ、せっかくシナリオ通り不良どもを綺麗にハメるつもりだったのによ・・・。まったく、お前って奴は。今からどうやって帝林高校制圧するか考え直さねぇと』
鬼泉正輝を徹底的に天獄会の連中に舐めさせて、ボスの天我元斗をおびき寄せ、一騎打ちで勝利することで、天我元斗の求心力を一気に崩壊させる。近藤の描いた作戦プランAが破綻し、近藤は苛立って呆れたかのようにため息をついた。
「近藤先生、やっぱあんたの作戦はまどろっこしいぜ。俺には。全部、近藤先生の言う通りに行動するなんてこと、できねーよ。これからは俺は俺のやり方を貫かせてもらう。誰かの台本通りに動いて、誰かの都合で戦うのは・・・俺の喧嘩じゃねぇ。」
『おい、待て! 俺の指示は絶対だぞ。聖愛学園を卒業したければ俺に従え』
鬼泉正輝が舌打ちした。
「相変わらず、うるせーオヤジだな。だったらどうすりゃいいんだよ!」
電話口で近藤は考えた。近藤の今回の作戦は破綻した。正輝の身勝手過ぎる予測不可能な拳が、緻密に張り巡らされた策略を粉砕したからだ。だが、近藤には次の一手があった。
『こうなったら、プランAからプランBに変更だ。いいか、次の作戦を指示するぞ。よく聞け。今度のプランBはより複雑だぞ、感情で動いたら、ジ・エンド、全て終わりだ・・・』
鬼泉正輝は面倒に思いながらも渋々メモ帳を開いた。
12月24日(水曜日)早朝
次の日、その日も寒い朝だった。鬼泉正輝は普段通り登校した。
すると、帝林高校の校門で、また一人佇む雪塚かすみを見つけた。鬼泉正輝の視線に気づき、雪塚かすみが鬼泉正輝の立つ方を振り向いた。
「あ、こんにちわ。咲希姉さんのクラスメートの鬼泉正輝さん」
そう言って雪塚かすみは鬼泉正輝に手を振った。
相変わらず、この荒んだ帝林高校の校門に全く相応しくない可憐な少女だった。
「あんたか。また、葵馬咲希を待ち合わせているのか?」
興味無さそうに、鬼泉正輝は雪塚かすみの横を通り過ぎようとした。
「ううん、今日は、貴方を待っていたの。正輝さん」
「・・・俺を?」
鬼泉正輝が怪訝な顔で雪塚かすみを一瞥した。一体、目の前の少女が自分に何か用事でもあるのか?
「うん、咲希姉さんを助けてくれたんでしょ? 天獄会の連中から。だから、ありがとうって御礼を言いたかったの」
雪塚かすみが微笑んだ。なんだ、そんなことか、と、鬼泉正輝がため息をついて言った。
「俺はただ、バーの食料品備蓄庫に閉じ込められていた葵馬咲希を外に連れ出しただけだ。大したことはしていない」
すると、雪塚かすみが首を振って答えた。
「ううん、私には分かる。貴方が咲希姉さんを救ってくれたってこと。貴方はとっても強い人。そして、優しい人。咲希姉さんから、お兄ちゃんに貴方を守ってもらうようにお願いされたけど、そんな必要、どこにもないことも分かってる」
まるで、透き通るような雪塚かすみの瞳が、鬼泉正輝の内在する力をありのまま映し出すかのようだった。
「ふふ、不思議ね。最近会ったばかりなのに、私、貴方のこと昔から知っているみたいな感覚がするの。そう、昔、あの頃みんなで遊んでいた時のような懐かしい思い出」
「・・・?」
何のことか分からず、鬼泉正輝が何と返答すべきか迷っていると、
「あ、そうそう、これ!」
そう言って雪塚かすみは、鬼泉正輝に一本の腕時計を渡した。
「お父さんのお下がりだけど、今日、クリスマス・イヴでしょ?
はい、プレゼント」
雪塚かすみが鬼泉正輝に銀色の腕時計を渡した。
鬼泉正輝がそれを手に持ってみた。ずっしりと重い。綺麗に保管されていたようだが、新品ではなく、誰かが使ったことがあるもののようだ。
「咲希姉さんを救ってくれてありがとう。咲希姉さんはあんな性格だから、ちゃんと御礼言わなかったと思うけど、ああ見えて結構貴方に感謝してるわよ。またね! 正輝さん」
そう言って雪塚かすみは去っていった。
鬼泉正輝が、雪塚かすみの後ろ姿を見送っていると、曲がり角の手前で雪塚かすみは再度振り返り、手を振った。
そして曲がり角に消えていった。鬼泉正輝はプレゼントとして受け取った腕時計を手に取り、しばらくその場で腕時計をどうすべきか考えた。
しかし、結局、取り扱いについては今後考えることにして、胸ポケットにしまって、教室へと向かった。
(おかしなもんだ。ただ思うがままに暴れたことが、誰かに感謝されるなんてな…)
やり方が正しかったのかは分からないが、自分のこの狂った拳が誰かに安心をもたらすことができたのだろうか。
正輝は自身の拳が存在する意味を、ほんの少しだけ見つけられた気がした。




