【12】渋谷制圧計画
「出してよ! 出しなさいってば!」
葵馬咲希が天獄会玄武隊の溜まり場バー、ラピスの食料品備蓄庫の中からドアをドンドンと叩いた。
「ほんとに! マジで警察に通報してやるから! 絶対アンタら許さないから!」
反応がない。
自分はこのままどうなってしまうのか、これ以上この暗い密室に閉じ込められたら……、
「ねぇ、お願い! 出して! 出してよ!」
叫ぶように葵馬咲希がドアを叩く。
すると、葵馬咲希が叩く扉の反対側から、ガチャっと鍵が開く音がした。
ギギギ…と葵馬咲希の閉じ込められている食料品備蓄庫の扉が開く。
(ひ、開いた!)
葵馬咲希が開いた扉から咄嗟に外に出ようとすると、誰かにドンとぶつかった。
葵馬咲希が跳ね返されて尻餅をついた。
「痛ったぁ……」
葵馬咲希が尻餅をついた腰をさすった。
「あ……あの……」
葵馬咲希がぶつかった男、鬼泉正輝が申し訳なさそうな顔で頭を掻いていた。
「あんた、鬼泉!? なんでこんな所にいるの??」
「あ、いや、さっき、亀元武史君のグループに呼ばれて、そしたら、葵馬さんが、捕まってここに入れられるのが偶然見えて……」
咲希が首を傾げた。
「あたしを助けに来たってこと?」
「う、うん、今なら亀元武史君達の目を盗んで、外に出られそうだから。さ、こっち。こっちの非常口からなら、亀元武史君達に見つからないで外に出られると思う」
キョトンとしている葵馬咲希の手を取って、鬼泉正輝は非常口から階段を登った。
「ここ、段差あるから気をつけて」
「え? う、うん」
鬼泉正輝に言われるがままに階段を登る。
そして、非常口を開けて、二人は外に出た。外に出ると冷たい夜風が吹き抜けていった。
やっと出られた。
あの狭くて暗い部屋から。
葵馬咲希は緊張から解放されて少し涙が溢れた。
鬼泉正輝に涙を流したことをバレまいと、袖で瞳を拭った。
しばし上を向いて瞳を乾燥させた。
ネオンで眩しい夜の渋谷の空には、満月が爛爛と輝いていた。
「ふう、助かった」
葵馬咲希は少し伸びをして、冬の寒さで身体を小刻みに揺らした。
「ねぇ、アンタ、いつまであたしの手握ってんのよ!」
「あ、ごめん」
慌てて鬼泉正輝は葵馬咲希の左手を握る右手を離した。
「あーあ、せっかくなら朱雄君とか、もっとかっこいいイケメンに助けてもらいたかったわ。アンタみたいな弱っちい奴にじゃなくて」
そう言って葵馬咲希はふんっと横を向き、横目で鬼泉正輝の様子を伺うように見下ろした。
鬼泉正輝は申し訳なさそうな笑みで、ごめんごめんと言って謝った。
「ま、でも、ちょっとは役立つじゃない、アンタも。少しは見直したわ。だけど、鬼泉、アンタ、あたしを勝手に逃したことが奴らに知られたら、ただじゃ済まないんじゃないの?」
「え、あ、うん。また下山根君や三室君にボコボコにされちゃうかもね」
そう言って鬼泉正輝はえへへと笑った。
「まったく、相変わらずヘラヘラと情けないわね。でも、助けてくれたことは一応お礼言っておくわ」
そう言って、葵馬咲希は少し考えた。
「そうだ! 私から朱雄君にアンタを庇ってもらえないか、かすみに話してみるよ。そうすりゃ朱雄君、あんたが下山根浩二や三室仁からいじめられたり、殴られたりすることから、助けてくれるかもしんないし」
「朱雄君? えっと、雪塚かすみさんのお兄さんの、雪塚朱雄君かな?天獄四天王の?」
「そ。朱雄君は、天邪鬼だけど、とても妹思いなの。かすみの言う事にだったら、協力してくれると思うから」
葵馬咲希はうんうんと頷き、自分の提案を自身で納得した。
「じゃあ、また明日学校でね!」
そう言って葵馬咲希は歩き去っていった。
「お前も早く帰れよー! 鬼泉ー!」
曲がり角で葵馬咲希が鬼泉正輝に大声で叫んだ。
葵馬咲希を見送り別れた後、鬼泉正輝は再び地下クラブ【ラピス】に入った。
入り口の二人の見張りは逃げ去っていた。
ラピスの店内では四人の不良が気を失って倒れていた。そして、亀元武史も呻き倒れていた。鬼泉正輝は、倒れた不良高校生の一人のポケットから一枚の用紙が落ちているのを見つけた。
ー渋谷制圧計画ー
そのように書かれた用紙には地図が描かれており、赤ペンで何かの印が付されていた。
その場所が、どこを指しているのかは、『渋谷制圧計画』とは何なのか、今の鬼泉正輝には分からなかった。
ただ、何かの漠然とした違和感に鬼泉正輝の胸がざわついた。
今後巻き込まれていく事件を暗示しているような。
すると、ラピスの店内で用紙を眺める鬼泉正輝を、亀元武史が睨んだ。
「ぐ、て、てめぇ・・・鬼泉正輝ぃ・・・」
亀元武史が這いつくばりながら鬼泉正輝を見上げた。
確かに強い。腕力もある。
帝林高校では、そう簡単に敵う者はいないだろう。
だが、聖愛学園にはこの程度の相手が何人もいた。正輝にとって、越えられない壁ではなかった。
「亀元武史、帝林高校を占めている奴、天獄会のトップであり総長の天我元斗は何処にいる? 俺は、奴を、天我元斗を倒すために帝林高校に来た」
鬼泉正輝が亀元武史を見下ろしながら尋ねた。
「て、天我元斗総長を? 総長が、何処にいるかなんか、知らねぇ。
総長の天我君は、お前みたいなネズミ一匹がどう足掻いたって、倒す事は出来ねぇ」
「・・・そうか・・・」
これ以上の情報は得られないと確信した正輝はラピスの入り口に戻った。その正輝の背中に亀元が言い放った。
「き、鬼泉正輝、お前は天獄会に喧嘩を売った。この渋谷で、天獄会に牙を剥いて生き延びた奴はいねぇ。お前は必ず、天獄会に消される」
亀元が正輝に這いずりながら呻く。
「この街は、力でねじ伏せた人間が正義なんだ。天我元斗総長は、お前なんかとは、格が違うんだ。渋谷に入ったことを、後悔して、死ね・・・」
そう言って亀元武史は力尽き失神して動かなくなった。
正輝は亀元を振り返って一瞥した後、ラピスを後にした。
「この街は、力でねじ伏せた人間が正義…か……」
天獄会玄武隊を潰したものの、正輝は何かの違和感を払拭できないままにいた。
亀元武史達が口にしていたものはおそらく麻薬の類。
どうやって違法麻薬を天獄会は入手しているのか。
今まで多数の事件を引き起こしていながら、明らかに甘いとしか言わざるを得ない警察の摘発状況。
そして今、この不気味な用紙に殴り書かれた『渋谷制圧計画』の意味・・・。
この違和感を払拭するには、多少面倒ではあるが、近藤に電話して洗いざらい問い詰めるしかない。
正輝は夜も更けてなお光り輝く渋谷の大通りを出て自身の寮へと向かった。




