【14】暴徒化する組織
ただのお下がりのはずだった。
銀の腕時計の重みが、まるで何か大事なものを託されたように感じられた。
鬼泉正輝は静かに教室へと歩を進めた。
事情を知らない不良達は相変わらず鬼泉正輝を見てニヤニヤ笑っている。
あからさまに肩をぶつけられて睨まれても、ヘラヘラと愛想笑いながらやり過ごした。
ほどなくして、鬼泉正輝は教室に着いた。
相変わらず教室には半数くらいの生徒しかおらず、黒板には暴走族が書いたような落書きがされていた。
鬼泉正輝は普段通り、騒がしい教室の中、一人真面目に教科書を読み進める葵馬咲希の隣席に座った。
「あ、お、おはよう、葵馬さん」
葵馬咲希は教科書を閉じた。そして鬼泉正輝を見つめた。
気のせいか、幾分表情が柔らかい。しばらく鬼泉正輝を直視した。
鬼泉正輝が愛想笑いしていると、葵馬咲希は鬼泉正輝から目を離し、再び教科書をめくった。
「……おはよ。……って、何度も言ってるけど、気安く話しかけないでよね」
教科書を睨むように見つめながらも、その声には微かな柔らかさが混じっていた。葵馬咲希は平静に、教科書に蛍光ペンを塗ったりメモ書きを始めた。
「あ、ごめん、ごめん」
鬼泉正輝が、エヘヘと申し訳なさそうに笑った。
すると、鬼泉正輝の存在に気付き、教室の奥から下山根浩二と三室仁がやって来た。
「お、おい、鬼泉」
狼狽えつつ、下山根浩二が鬼泉正輝に話しかけた。
「あ、お、おはよう、下山根君。何かな?」
「ちょ、ちょっと、来いよ。話そうぜ」
三室仁も口をまごまごさせながら、鬼泉正輝に言う。
「あ、うん。分かったよ。下山根君、三室君」
席に座ったばかりの鬼泉正輝が立ち上がる。
すると、その光景を見ていた葵馬咲希が突然立ち上がった。
ドンッ!!
教室に乾いた衝撃音が響き渡った。
咲希が激しい剣幕で立ち上がり、両手を机に叩きつけたからだ。
「ちょっと! 下山根! 三室! いい加減にしなさいよ!!」
突然、葵馬咲希が怒鳴った。教室中が驚いて葵馬咲希達を凝視した。
「アンタら! また鬼泉をいじめる気? そんなみっともないことばっかして、恥ずかしくないの?」
突如の葵馬咲希の剣幕に下山根がさらに表情を困惑させて言った。
「い、いきなり怒鳴るなよ、葵馬。い、いじめなんかじゃねーよ。お前には、か、関係ねーだろ、行くぞ」
下山根浩二と三室仁が教室を出た。
鬼泉正輝もそれに続こうとした。
「あのさー、鬼泉、無理にあいつらに関わらなくても良いんだよ?」
葵馬咲希が鬼泉正輝の背中に向けて言った。
「あ、うん、エヘヘ」
そう言って葵馬咲希の言葉を振り切って、鬼泉正輝は教室を出た。
冬の空は高く、吸い込まれそうな青だった。
地上の喧騒とは裏腹に、屋上には静寂が広がっていた
校舎の屋上で鬼泉正輝は屋上の柵から東京の街並みを眺めていた。乾いて澄んだ冬の朝の空気が心地よかった。
鬼泉正輝は、新鮮な冬の空気の匂いを感じながら、遠くの渋谷駅周辺の雑多な人混みを何気なく目で追っていた。
その後ろでは、下山根と三室が、どちらが先に正輝に話しかけるか小声で押し付け合っていた。
「鬼泉、お前、ま、まさか亀元武史君を、あんなにもあっさり倒しちまうなんて……」
結局、下山根浩二が先んじて鬼泉正輝に言った。
「亀元武史君は、天獄会玄武隊、四天王の一人だぞ。それをいとも簡単に、マジで信じられねぇ……」
そして、三室仁も下山根浩二に続いて声を絞り出した。
屋上の柵から外を眺めたまま、鬼泉正輝は、そろそろ二人から情報を本格的に聞き出す頃合いかと判断した。
「下山根浩二、三室仁、お前らや多数のこの帝林高校の生徒達が所属している、天獄会ってのは何なんだ? 何を目的に活動している? 一体どんな半グレ集団なんだよ」
鬼泉正輝が下山根浩二と三室仁に問いかけた。
二人は恐る恐る顔を見合わせた。
「教えろ!」
鬼泉正輝の強い口調に、二人はビクッと肩を震わせて、緊張感を強めた。
そして二人は意を決してうなづくと、鬼泉正輝の方を振り向いた。
「し、仕方ねぇな。俺らが知っている範囲のことは、全部話してやるよ。だが、いいか、絶対誰にも言うなよ。俺たちが所属してる天獄会ってのは――ただの半グレなんかじゃねぇんだ。裏社会の中枢ともなりつつある組織なんだ。
お前が喧嘩を売った相手がどんだけヤバい組織か、覚悟して聞けよ?」
下山根浩二と三室仁が天獄会についての説明を始めた。




