【10】ラピス乱入
クッキーを食べて高揚した亀元武史が葵馬咲希の隣に座った。
「来ないでよ! 大麻臭いわよ!」
咲希が吐き捨てる。その右手を、亀元武史が掴んだ。
咲希の顔が引き攣る。
「葵馬咲希ぃ、今日はたっぷり話そうぜぇ。おめぇよ、もしかしたら、俺がおめぇにホレてると思ってんのかもしれねぇなぁ。だけど俺ぁよ、実はよぉ、昔からお前の事気に入らなかったんだよな。お前、顔だけは良いけど性格最悪だしよ」
「あっそ、縁が無かったわね」
亀元武史は、不良の巣窟帝林高校の異質の存在である葵馬咲希に対してある種の嫉妬を抱いていた。
成績も運動も優秀。
帝林高校にいながら、自分だけは違うという顔をしている。
それが亀元には気に食わなかった。
目を怪しく光らせて、亀元武史が葵馬咲希の肩に手を回した。
「だけどよぉ、せっかく、この天獄四天王の俺様が、我慢して、こうやって優しく接してやってんだろぉ? だからぁ、俺様に感謝して、言うこと聞けや!」
突然、亀元武史は葵馬咲希をソファに押し倒し、その腕を強引に掴んだ。
「痛い! 離してよ! このヘンタイ!」
葵馬咲希が亀元武史の頬を殴り付けた。
「おおう、痛ってぇなぁ、このアマぁ!」
今度は、亀元武史が葵馬咲希を平手打ちした。あうっと悲鳴を上げて葵馬咲希はソファ席に倒れた。
「葵馬咲希ぃ、俺は怒ったぞぅ! 堪忍袋の尾が切れたってヤツだなぁ。もう許さねぇぞぅ!」
亀元武史がパチンと指を鳴らして合図すると、不良達が4人がかりで咲希を取り押さえた。
「ちょっと、何すんのよあんたら!」
葵馬咲希が喚いた。
「よぉし。おい、お前らぁ、この女を厨房奥の食料品備蓄庫に閉じ込めておけよぉ。俺に服従すると言うまで、絶対外に出すなよぉ」
そう亀元武史が不良達に命じた。
不良達四人は、そのまま葵馬咲希を拘束し、バーの厨房に連れて行った。
そして、食料品備蓄庫に無造作に押し込めた。
不良達は、食料品備蓄庫に抵抗する葵馬咲希を閉じ込めると、部屋の外側からドアの鍵を掛けた。
「ちょっと! こら! 出しなさいよ!」
備蓄庫に閉じ込められた葵馬咲希が部屋の内側から叫んだ。
「おい、流石にまずくねぇか?」
備蓄庫の外側の扉の前で、玄武隊の一人の不良が言った。
「仕方ねぇよ、亀元さんに逆らって殺されるよりはマシだろ?」
もう一人がそれに応じた。彼らの心労は絶えなかった。
薄暗い中、鬼泉正輝は地下クラブの入り口から階段を降りた。
先の老人の意味深な言葉が気にならなかったわけではないが、今はただ、前に進むしかない。
階段を降りきると、目の前に閉ざされた扉があった。
扉の両側には侵入者を拒むかのように二人の男が両側に立っていた。
鬼泉正輝は二人の男に構わず、地下クラブの扉を開こうとした。
地下クラブの看板には【ラピス】と書かれていた。
「おい、兄ちゃん、ここは今日は貸切だ。他行きな」
その扉の両側に立っている二人の不良のうちの一人が答えた。
(姉貴一人助けられなかった俺が、ついでとはいえ、人助けのために拳を振るうだなんて、滑稽な話だな)
鬼泉正輝が目を閉じて笑みを浮かべた。
「何笑ってやがる、テメェ、頭狂ってんのか?ここがどこだか分かってんのか!?」
不良が鬼泉正輝を睨んだ。
すると、その不良に鬼泉正輝が問いかけた。
「おい、お前、亀元武史って知っている? 半グレ集団の天獄会の一員で、天獄四天王の一角とからしいが、そいつ、ここに居んの?」
「なんだてめぇ、その口の聞き方は。亀元武史さんに何の用だ? 死にてぇのか!」
不良の一人が鬼泉正輝の胸ぐらを掴んだ。
鬼泉正輝は不良の手を捻じ曲げた。
「ぐおおおお!」
手を捻じ曲げられた不良が呻いた。
そして不良を蹴り飛ばした。
「やっぱりここにいるようだな。てめぇらと余計な油売っていられるほど、時間ねぇし、暇じゃねぇんだよ」
そう言って鬼泉正輝は、ドアを開けようとした。
「てめぇ!喧嘩売ってんのか!!」
もう一人の不良が鬼泉正輝に向かって殴りかかってきた。
鬼泉正輝の目が鋭く光った。
咲希の心拍数は上がっていた。
「ちょっと!こら!出しなさいよ!」
食料品備蓄庫に閉じ込められた葵馬咲希が、部屋の中からドンドンと扉を叩いた。
「亀元さんの言う事聞くなら出してやるよ!」
外の不良が答える。しばらく葵馬咲希は扉を叩いていたが、効果は無く、叩く手も痛くなって来たのでやめた。
葵馬咲希は食料品備蓄庫の中で座り込んだ。
薄暗い部屋に閉じ込められる幼い日の恐怖が葵馬咲希を襲った。父親の怒りを買って、狭い部屋にいつまでも閉じ込められていた幼少期の記憶。母親も助けてくれなかった。ひたすら狭くて暗くて寒い部屋の中での記憶。
パニックに陥りそうになる自身を必死に現実に繋ぎ止めた。その辛さと心細さに、葵馬咲希の頬を一筋の涙が流れた。




