【09】この先は地獄
12月23日(火曜日)夕刻
その日の放課後、鬼泉正輝は下山根浩二、三室仁と渋谷駅前の忠犬ハチ公像前で合流した。下山根浩二と三室仁は、二人とも鼻に湿布をしていた。
「ちゃんと来たか。下山根浩二、三室仁。良い心がけだ」
約束を守るかどうか、二人の誠実性に疑問を抱いていた正輝が二人に言った。
「くそっ、いいか? 鬼泉。俺達は、お前を地下クラブ【ラピス】に案内するだけだぞ。お前は天獄四天王の一人、亀元武史さんの強さを分かってねぇんだ。どうなっても知らねぇぞ」
下山根浩二が言った。
「知るかよ、てめぇらは、何も考えず、単に俺の言う事に従っていりゃ良いんだよ。いいからさっさと案内しろ」
そう言って鬼泉正輝は下山根浩二の後頭部をペシッと叩いた。
「てっ、ち、ちくしょう・・・」
下山根浩二と三室仁はブツブツ文句を言いながら歩き出した。渋谷スクランブル交差点を渡り、ネオンがぎらつく路地裏へ。
ビルの裏手、非常口のような階段の前で、下山根が立ち止まる。そこが、地下クラブ・ラピスの入り口だった。
葵馬咲希と、彼女を取り囲むようにして四人の男子生徒が、薄暗い小道の脇にある階段を下った。階段の一番下に、不気味な扉があった。扉の上には【ラピス】と書かれていた。
「キャッ!」
葵馬咲希はテーブル席のソファ席に倒された。
扉の中は、薄暗い雰囲気のバーだった。カウンター席に椅子が並んでいたが、誰も座っておらず、葵馬咲希が倒されたソファ席だけが置いてある、小さなバーだった。
ソファ席の向かいには一人の大男が座っていた。
その大男を囲うように、四人の不良達が立った。
「葵馬咲希ぃ、昨日は電話を無視されて悲しかったぜぇ。俺もよう、あんまり手荒な真似はしたくねぇんだよ」
大男がソファの上に倒れた葵馬咲希に向かって言った。
そして、大男が合図すると、不良の一人が厨房に行き、紙箱を持って帰ってきた。中にはクッキーが入っている。
「そういや下山根と三室が居ねぇな。ま、どうでもいいけどよ」
大男は用意された紙箱の中に右手を突っ込み、一枚のクッキーを取ってぼりぼりと噛み砕いた。
「ほら、おめぇも喰えよ。葵馬咲希ぃ」
「食うわけねぇだろ亀元! このクソッタレジャンキーが!」
葵馬咲希が亀元と呼んだ大男に罵声を飛ばした。
「クックック、咲希ぃ、お前ぇ、相変わらず威勢がいいなぁ。だけど、今夜にはお前ぇは俺に逆らえねぇようになってるよ。まぁいいや、夜は長ぇんだし、ゆっくり楽しむとしようや」
亀元と呼ばれた大男が笑った。葵馬咲希が顔をこわらばせた。
一方その頃、正輝たちは真近くにいた。
「こ、ここだよ、俺らや亀元武史さん達、天獄会玄武隊のアジトは」
下山根浩二と三室仁と合流した鬼泉正輝は、地下クラブ【ラピス】へと続く階段の前に案内された。
鬼泉正輝は階段の下を確認した。階段の下は暗くなっている。
「お、俺らの役目は、ここまでで良いんだよな?」
三室仁が鬼泉正輝に言った。
「ああ、もうお前らに用はねぇ」
鬼泉がそういうと、下山根浩二と三室仁は互いに顔を見合わせて安堵した。
「ふ、ふん、本気で天獄四天王亀元武史さんに喧嘩売ろうなんて、バカな男だ。亀元さんはな、俺らなんかとは喧嘩の強さは比較にならねぇんだ。お前なんか亀元さんにボコボコにのされてくたばっちまえばいいんだ。あばよ!」
そう言って下山根浩二と三室仁は走り去っていった。
鬼泉正輝は二人が去り行ったのを確認し、階段を一歩下に下がった。
「いかん方がええ・・・」
突然、鬼泉正輝は老人に話しかけられた。
「あん?」
鬼泉正輝が老人の方を向き問い返した。
「降ったら、後戻りは出来んぞ。あんたを心配している姉がいるんだろう?」
鬼泉正輝がその言葉に意表を突かれた。
「じじい、なんでそんな事知ってやがる!」
「その階段の下は、地獄よ。恐るべき運命が待ち受けることになるだろう」
鬼泉正輝が再び階段の下を見る。階段の下は真っ暗だ。まるで今後の鬼泉正輝の運命を象徴しているかのように。
階段を見下ろす正輝を老人が黙って見ていた。
「・・・そうか、地獄か。俺にとってはむしろ、居心地の良い好都合な場所だな」
階段を2、3歩降りる。鬼泉正輝が老人の方を再び振り向いた。
そこには、もう誰も居なかった。




