↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『封印したはずの名前を、彼女が呼ぶ——中二病少女の異世界黒歴史』  作者: 鏡花
越冬編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/80

第71話 唄は北から

 森が終わる。


 木の間が広がって、光が縦から横になって、それから、畑の匂いが来た。土と、若い葉と、遠くの煙。……村の匂いは、煙より先に、畑だった。


 行きにナガレと別れた二股を通り抜け、途中の集落で一晩、世話になった。風回りの人の声のない道は、行きの半分の音しかしなかった。翌日の昼過ぎに、村の畑の端に出た。


 最初に気づいたのは、やっぱり子どもだった。


 「——ルナ様だ!」


 畑の畦(あぜ)から、子どもの声が、三つ。出発の前に宿題を出した子どもたちの、先頭の三人だ。走ってくる速さが、宿題の進み具合を先に教えてくる。


 「宿題、できてる!」


 「発表会、いつ?」


 「かいがんせよ、って、ちゃんと言えるようになった!」


 ……順番が逆だ。おかえり、が先だと思う。でも、宿題の報告を真っ先にする子どもを、僕は嫌いになれなかった。


 「ただいま。……発表会は、近いうちに」


 三人は歓声を上げて、村の中へ走っていった。報せの役は、あの三人に任せておけば、井戸端より速い。


 井戸端に着く前に、井戸端のおばさんの声が、こちらに届いた。


 「ルナちゃん、ヨゾラちゃん! ……あら、もう一人」


 人の姿のツキヨを、近くで見るのは初めてだ。


 「ツキヨです。銀色の」


 ツキヨが自分で名乗った。おばさんは目を丸くして、それから、声量そのままに笑った。


 「銀色の子ね。大きくなって!」


 ……大きくなったのではない。姿が変わったのだ。でも、この人には、それで十分だった。


 家の前に、イワネさんが立っていた。


 何も言わずに、僕たちを頭から足まで見て、頷いた。北の親父さんと、同じ見方をする人だ。南にも、いた。


 「鐘は」


 「一度も鳴らさんで済んだ」


 それで、留守の報告は終わった。


 戸が、内から開いた。


 アカネさんが、土間に立っていた。


 ヨゾラが荷を下ろすより先に、一歩出た。


 「……母さん。ただいま」


 「おかえり」


 二語で、半月あまりの旅がヨゾラの肩から、するりと落ちた。


 「祝詞(のりと)は」


 僕が訊くと、アカネさんは指を二本立てた。


 「二度。……十日にいちど、言われたとおりに」


 「糸は」


 ヨゾラが訊いた。


 「……見えてない。一本目も」


 見えないうちに、帰ってきた。留守のあいだ、祠はアカネさんの祝詞で守られていた。……十年ぶりの、番人の声で。


 夕方まで、荷を解いた。


 藍の壺(つぼ)、火の色の筆、喉の草の束、道帳、そして帳面。……北から持ち帰ったものは、荷にすると小さかった。荷にならないものが、いちばん重い。


 日が落ちて、毛玉に戻ったツキヨが、軒下へ出た。


 戻るなり、仕事を始めた。


 まず、月だまりの位置を確かめた。半月あまりのあいだに、月の出る場所が少しずれて、軒下の光の形が変わっている。毛玉は新しい光の真ん中を一度踏んでから、柱へ向かった。


 軒下の柱に、顎(あご)をこすりつける。それから、戸口の敷居に。暖炉の縁に——そこで少し長く止まった。火の匂いが、まだ薄いからだと思う。棚の道の書の角に。……ひとつずつ、顎の下を、丁寧に押しつけて回る。


 「……何を、してるの」


 「点検」


 ヨゾラがなんでもない声で言った。


 「うちのもの、って、付け直してる。……留守のあいだに、薄くなったから」


 顎の下の匂いで、自分のものに印をつける。獣の作法だ。空けていた家の、柱と戸と暖炉に、この子は「うちの」を一つずつ貼り直している。


 最後に、毛玉は僕とヨゾラのところへ来た。


 差し出した手の甲に、顎を、そっとこすりつけた。二度。……それから、ヨゾラの手にも。


 「……僕たちも、うちのもの?」


 りん。


 ……名前をつけて、自分のものにする。僕が五年やってきたことを、この子は顎ひとつでやる。


 夜、暖炉の火を囲んだ。


 三人と、一匹。……いや、四人。旅のあいだに増えた数え方を、この家はもう受け入れている。


 ヨゾラが北の話をした。


 婆さまのこと。婆さまが、母を知っていたこと。番人の家に一冬いた人が、北のそのまた北で唄を売っていること。……そして、四行目の節を、母の声で覚えていたこと。


 アカネさんは、最後まで口を挟まなかった。


 「……唄を集めていた人」


 火を見ながら、言った。


 「覚えてる。母が一冬、泊めた。声のいい人だった。……北にいたのね」


 二十年前の冬が、この家の暖炉の前で、ひとつ繋がった。


 「……私が、歌ってたのね。あなたに」


 「うん。……持っていかれる前に」


 「思い出せない。でも、あなたが覚えていてくれたなら、私の四行目は、まだ、どこかにある」


 アカネさんは、ヨゾラを見た。


 「作るの。あなたの四行目を」


 「うん」


 「なら、私は、聞く側」


 冬に、この人は言った。思い出したら、私が歌う、と。……その約束の続きが、いま、席を替えた。歌う側から、聞く側へ。


 「戸の前で、作る」


 ヨゾラが棚を見た。ばあちゃんの帳面が、そこにある。……最後のページは、まだ開いていない。


 ヨゾラの目が、棚から戻ってきた。


 「……あの一枚も、戸の前で」


 「うん。戸の前で」


 明日は、子どもたちの日にする。宿題の発表会。……戸の前に立つのは、そのあとだ。順番は、決めた。


 ヨゾラが道の書を膝に置いた。


 旅のあいだ、この家に預けていった帳面。旅の書とは別の、この家の記録。


 筆が、迷わなかった。


 『ただいま。』


ここまで読んでくださりありがとうございます!

面白かったら ↓の☆☆☆☆☆ をポチッと評価&ブクマしていただけると、とても励みになります(^^)             

         ☆⬇️⬇️⬇️⬇️⬇️☆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。