第9話「友達の翌日」
第9話「友達の翌日」
翌朝の廊下。
いつも通りの喧騒と、いつも通りの好奇の視線。
人混みをぬって歩いていると、前方から澪が歩いてきた。
完璧な所作。凛とした表情。
でも、俺と目が合った瞬間、彼女はとてとてと歩調を緩めた。
「……っ、おはようございます」
澪が小さく頭を下げる。
周囲の女子たちが、俺たちを交互に見る。
「おはようございます」
俺も挨拶を返す。
(いつもと同じだな)
彼女の立ち姿も、表情も、昨日までと何も変わっていない。
なのに、胸の奥がなんだかむず痒い。
(でも、……少しだけ、違う気がする)
澪は一瞬だけ俺を見てから、ふわりとスカートを揺らして通り過ぎる。
たったそれだけのことが、妙に新鮮で心に残った。
昼休み。
生徒会室の廊下を歩いていると、ちょうどドアが開いた。
出てきた澪と、ばったり鉢合わせ。
「……ゆうさん」
彼女は驚いたように、ぴょこんと目を丸くした。
「澪さん、昼は?」
俺がたずねると、彼女はきょとんとした後、困ったように眉を下げる。
「……生徒会室で、一人で……ですが。なにか、ご用ですか?」
(誘い待ちか?)
この世界では、男子から誘うのは「許可」に近い意味を持つらしい。
俺は構わず、いつもの調子で切り出す。
「一緒に食べますか」
澪の動きが、ぴたりと止まる。
まるで時間が凍りついたみたいに、彼女は固まった。
(あ、また固まった)
「……っ、生徒会室で、ですかっ?」
「どこでもいいですけど」
「……っ。では、生徒会室で」
彼女は慌ててペコリと頷く。
頬が、昨日と同じようにほんのりと桜色に染まっていた。
生徒会室に入ると、昼の静寂が迎えてくれる。
机に弁当を広げて、もぐもぐと食べる。
(この世界だと「友達」って、重罪に近い関係性だよな)
国家管理の希少資源と、名家の令嬢。
二人で昼飯を食うだけで、革命的な何かが起きていそうだ。
(でも、まあ)
彼女が箸を止めて、照れくさそうにこちらを盗み見る。
その表情は、どこにでもいる普通の女の子だ。
(前世の感覚でいいや。……友達って、こういう感じか)
「友達」という言葉を盾にすれば、この過剰な世界も少しは風通しが良くなる。
俺は自然体でいればいい。
それが、この狂った世界に対する俺なりの反抗だ。
放課後。
俺は帰宅の途についていた。
玄関で迎えてくれたことみが、俺の顔を見るなり不思議そうに首を傾げる。
「なんか、顔つきが変わった?」
「そうかな」
「うん。……いいことでもあった?」
ことみの問いかけに、俺は少しだけ考える。
「友達ができたんだ」
俺の言葉を聞いて、ことみが少し固まった。
手に持っていたスリッパが、ことりと床に落ちる。
「……本当に?」
「本当に」
ことみの目が、驚きでまんまるになる。
彼女は俺の顔を、じっと穴が開くほど見つめる。
やがて、彼女の口元がふにゃりと緩んだ。
「よかったね」
ことみがふふっと笑った。
その笑顔は、いつものように穏やかで、日だまりみたいに温かい。
「どんな人?」
「……白河さんだよ」
俺が言うと、ことみはぱちくりと瞬きをした。
この世界で「白河」という名がどれほどのものか、彼女も知っているはずだ。
「へえ、白河さんか。……ゆうらしいね」
ことみはもう一度にっこりと笑うと、俺の弁当箱を受け取ってくれた。
「友達、大事にね」
「ああ」
玄関の明かりが、ことみの背中を優しく照らしている。
俺は小さく息を吐いた。
(友達の翌日、か)
昨日までの「ただのクラスメイト」から「友達」へ。
たったそれだけの関係性の変化が、この窮屈な世界の空気を、少しだけ軽くした。
(なんか、悪くないな)
俺は少しだけ口角を上げて、そのまま靴を脱ぎ、家の中へと歩き出した。




