第5話「男子3人の放課後」
第5話「男子3人の放課後」
オリエンテーションが終わった後の教室は、祭りの後の虚脱感に満ちていた。
女子たちは後片付けの指示を出すために、生徒会室や体育館へ向かっている。
今、この教室にいるのは俺と田辺、それに松本の三人だけだった。
「……やっと、静かになったな」
松本が、椅子の背もたれに体を預けて呟いた。
俺は机の上に残った装飾用の色紙を束ねる。
「そうだな」
田辺は黙々と、床に落ちたマスキングテープの跡を剥がしていた。
窓から入り込む夕日が、誰もいない机の列を長く照らしている。
「なあ……崎山って怖くないのか」
松本が、天井を見上げたまま聞いてきた。
「何が」
「全部」
(全部って言われても)
「そう言われてもな」
俺は手を止めずに答えた。
間があった。
遠くで、女子たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
「俺、小学校のとき男子が俺一人だったんだよね」
松本が、消え入るような声で言った。
俺は顔を上げた。
松本は自分の腕をさすっている。
「毎日すごかった。二十人の女子に囲まれて、一挙手一投足を見られてる感じ」
「……」
「先生も、俺を腫れ物みたいに扱って。気を遣いすぎて、逆に俺は何もできなかった。動いたら誰かが怪我するんじゃないかって、ずっと怖かった」
田辺の手が、少し止まった。
彼は床に爪を立てたまま、動かない。
何も言わない。でも、確かに止まっていた。
「今でも、女子の視線が刺さると息ができなくなるんだ」
松本が、乾いた笑いを漏らした。
「だから、お前みたいに普通に喋れる奴を見ると、本気で別の生き物なんじゃないかって思う」
(別の生き物、か)
「俺はただ、目の前のやつと話してるだけだけどな」
俺が言うと、田辺がゆっくりと立ち上がった。
彼は剥がしたテープのゴミを、無造作にゴミ箱へ捨てた。
「……動かなきゃ、壊れないからな」
ボソリと、田辺が吐き捨てた。
それが、松本への同意なのか、自分への諦めなのかはわからなかった。
「壊れる前に、透明になりたかっただけだ」
田辺が俺の横を通り過ぎる。
(……摩耗してるな)
二人とも、戦って負けたわけじゃない。
ただ、過剰な視線と、過剰な保護の中に、自分という形を削り取られただけだ。
「帰るか」
俺が言うと、松本がゆっくりと立ち上がった。
「そうだな。……女子が戻ってくる前に」
三人は、誰からともなくカバンを手に取った。
夕闇が迫る廊下に出ると、そこにはまた、あの息苦しい「正解」の世界が待っていた。
俺たちは並んで、静かに階段を下りていった。




