第6話「放課後の生徒会室」
第6話「放課後の生徒会室」
放課後の廊下には、どこか物悲しい残光が差し込んでいた。
部活動へ向かう生徒たちの足音が遠くで反響し、校舎の静寂を際立たせている。
俺はカバンを肩にかけ、昇降口へと続く階段を降りようとしていた。
「崎山さん」
背後から届いた凛とした声に、足を止める。
振り返ると、そこには白河澪が立っていた。
夕日に照らされた彼女の横顔は、彫刻のように整っているが、どこか現実味を欠いた美しさがあった。
「白河さん。何か?」
「ええ。先日手伝っていただいたアンケートの件で、一点だけ確認を」
彼女は手元にある手帳を開き、流れるような所作で特定のページを指し示した。
「このクラスの集計ですが、記述漏れが一箇所ありました。こちらで修正してもよろしいでしょうか」
「俺のミスですね。すみません、お願いします」
「いえ。元々の書類が汚損していたものですから。確認さえ取れれば結構です」
白河は手帳を閉じると、いつものように短く一礼した。
用件は終わった。
本来なら、ここで彼女は踵を返し、俺もまた階段を降りるはずだった。
だが。
白河は、その場を動かなかった。
彼女の視線は、俺の胸元のボタンあたりで止まっている。
廊下を吹き抜ける風が、彼女の黒髪をわずかに揺らした。
沈黙が、一秒、二秒と積み重なっていく。
「……崎山さんは」
白河が、小さく唇を動かした。
その声は、事務連絡のときとは明らかに違う響きを持っていた。
「生徒会の仕事は、苦ではありませんでしたか」
俺は少しだけ考えた。
「苦ではなかったです。むしろ、手順がはっきりしていてやりやすかった」
「そうですか」
白河はそれだけ言うと、今度は視線を俺の目へと向けた。
その瞳は、深海のように静かで、けれど何かに怯えているようにも見えた。
「……失礼いたしました」
彼女はもう一度、今度は少しだけ長く頭を下げると、ゆっくりとした歩調で歩き出した。
その背中は、夕闇に溶け込んでいくように細く、頼りなかった。
【白河澪・視点】
校門を出て、迎えの車が待つ場所まで歩く。
足元に伸びる自分の影が、いつもより長く、歪んで見えた。
(……なぜ、あんなことを聞いたのでしょう)
自分でも、理由がわからない。
用件は終わっていた。そのまま立ち去るのが、この世界の、そして私の規範だったはずだ。
「苦ではなかったです」
彼の言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
嘘のない、淀みのない声。
彼に「負担」をかけていないか。
彼を「不快」にさせていないか。
そんな義務感とは別の場所から、言葉が漏れ出していた。
私は、彼の「普通」の中に、自分がどう映っているのかを知りたかったのだろうか。
「……わからない」
独り言は、風にかき消された。
白河澪としての完璧な歩みを崩さないまま、私は心の中に生まれた小さな波紋を、ただ見つめていた。




