第7話「文化祭の準備」
第7話「文化祭の準備」
教室は、段ボールの匂いとペンキの香料で満ちていた。
文化祭まであと一週間。
出し物の「巨大モザイクアート」を作るため、机はすべて端に寄せられている。
俺は廊下から、追加の段ボールを抱えて教室に入った。
「崎山さん、そっちの角に置いてもらえますか」
村瀬が、ガムテープを手に指示を出す。
「了解」
俺が指定された場所に段ボールを積むと、村瀬は少しだけ驚いた顔をした。
「……あ、ありがとうございます」
「いいよ。次はどれを運べばいい?」
村瀬は、一瞬だけ固まった。
この世界の男子は、指示を待つか、あるいは「負担」を避ける女子によって座らされていることが多いからだ。
「えっと……じゃあ、あっちの青い箱を」
「わかった」
一時間ほど、黙々と作業を続けた。
俺が淡々と箱を運び、カッターで裁断していく様子を、女子たちが遠巻きに見ていた。
だが、作業の効率が上がってくると、徐々にその距離が縮まってくる。
「崎山くん、ここ押さえててくれる?」
村瀬が、自然にそう口にした。
「ここか」
「そう、そこ。……あ、助かる」
作業に没頭すれば、性別の壁は少しだけ薄くなる。
村瀬が、作業の手を止めずにふと言った。
「崎山くんって、ふつうに話せる人なんだね」
「そう見えるなら、よかった」
俺は特に手を止めず、段ボールの断面を整えた。
村瀬はそれ以上何も言わなかったが、作業を再開する彼女の手つきは、先ほどよりも少しだけ軽やかだった。
周囲の視線も、鋭い「観察」から、ただの「光景」へと変わりつつあった。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、夕飯の支度をしている匂いが漂ってきた。
ことみがリビングから顔を出す。
「おかえり。文化祭の準備、始まったんでしょ?」
「ああ」
俺はカバンを置き、洗面所へ向かった。
ことみがパタパタとついてくる。
「どうだった? クラスの人たちと」
「普通だった」
石鹸を泡立て、手の汚れを落とす。
ことみは、その言葉を反芻するように少し黙った。
「……それ、いいことじゃん」
鏡越しに目が合う。
ことみは、どこか安心したように小さく笑った。
「そうか」
「そうだよ」
短い会話。
けれど、その「普通」という言葉が持つ重みが、昨日までとは少しだけ違って感じられた。
俺はタオルで手を拭き、自分の部屋へと向かった。
窓の外では、一番星が静かに瞬き始めていた。




