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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
一ミリの境界線、一秒の静寂

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第2話 となりの席

第2話 となりの席


五限目の数学。

ねっとりとした眠気が、初夏の湿気を含んだ風に乗って教室を支配している。

カチ、カチと時計の針が刻む音だけが、やけに鮮明に聞こえた。

不意に、隣の席から小さな気配がした。

「……あの」

ひなたが、椅子を数センチだけこちらに寄せていた。

彼女は自分の筆箱の中を覗き込み、困ったように眉を下げている。

「……消しゴム、貸してもらえますか」

その声は、羽虫の羽音よりも小さかった。

俺はペンを置き、自分の筆箱から使い古した消しゴムを取り出した。

「どうぞ」

「あ……ありがとうございます」

ひなたは両手を差し出すようにして、それを受け取った。

指先がわずかに触れそうになり、彼女の肩が小さく跳ねる。

彼女はすぐに視線を机に戻し、ガシガシと激しい音を立ててノートを擦り始めた。

(……そんなに必死に消さなくても)

俺は再び、黒板の数式に視線を戻した。


授業終了のチャイムが、静寂を切り裂くように鳴り響いた。

一斉に椅子を引く音、教科書を閉じる音。

「……崎山さん」

ひなたが、消しゴムを掌に乗せて差し出していた。

「ありがとうございました。助かりました」

「いいよ」

俺はそれを受け取り、無造作に筆箱へ放り込む。

ひなたは一度だけ俺の目を見て、すぐに俯いた。

だが、その口元がほんの数ミリだけ、上を向いていた気がした。

彼女は小走りで、教室の後ろにいる女子グループの元へ駆けていく。

(……そんなに嬉しいことか?)

俺は次の授業の準備のために、歴史の資料集を取り出した。


「ねえ、見た?」

教室の隅。掃除用具入れの近くで、村瀬たちが小声で話している。

この世界の女子は、男子に聞こえるような声で噂話をすることはない。

だが、俺の耳にはその微かな振動が届いていた。

「あの子……佐々木さん、最近ふつうに話してるよね」

「……うん。崎山さんと」

一人が、チラリとこちらに視線を送った。

俺と目が合うと、彼女は弾かれたように視線を逸らし、友達の背中に隠れる。

「怖くないのかな」

「崎山さん、なんか……普通だから」

そこから先、言葉は続かなかった。

誰かがわざとらしく大きな音で教科書を叩き、話題を霧散させる。

それでも、教室を支配していた「男子を腫れ物として扱う重圧」が、ほんの少しだけ薄まっているのを感じた。

「おい」

田辺が、机に伏せたまま声をかけてきた。

「なんだ」

「お前、さっきの消しゴム……」

田辺は顔を上げず、指先で自分の消しゴムを弄っている。

「あれ、予備持ってなかっただろ」

「……気づいてたのか」

「見てればわかる。……お前は、面倒なことばかりする」

田辺はそれだけ言うと、深く息を吐いて反対側を向いた。

廊下からは、体育に向かう女子たちの足音が聞こえてくる。

誰もが「普通」を装いながら、この小さな変化を肌で感じているようだった。

俺は資料集のページをめくる。

ただ消しゴムを貸し、返してもらった。それだけのことだ。

窓の外では、入道雲が少しずつ形を変えていた。


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