旅人と妖精⑳ あの人
二人で働いて、お金が溜まってきた。
そろそろ、次の町へ出発しよう。
そんなときだった。
妖精はカフェの仕事が終わると、旅人のバイト先へ向かった。
木材置き場の先。
荷車の横に、旅人が立っている。
その前に、女がいた。
長い髪をまとめ、落ち着いた服を着ている。
姿勢が綺麗だった。
旅人の背中が、少しだけ固まっている。
女が笑った。
「……久しぶりね」
旅人の声が、わずかに遅れる。
「……お前……」
妖精の足が止まった。
知らない声だった。
旅人が、こんな声を出すのを初めて聞いた。
女は旅人を見つめる。
「生きてたのね」
「勝手に殺すな」
ぶっきらぼうな返事。
でも、いつもの冷たさとは少し違う。
女は小さく笑った。
「相変わらずね」
旅人は黙ったまま視線を逸らす。
妖精の胸が、ざわりと揺れた。
この人は知っている。
旅人の、昔を。
自分の知らない時間を。
女は少し笑った。
「ここに店を建てるの」
周囲を見回す。
「あの人が、この町を気に入って」
旅人は何も言わない。
女が旅人の作業着を見る。
土に汚れた手。
汗で濡れた額。
「あなた、そういう仕事してるのね」
旅人は短く答える。
「日銭になる」
女は少しだけ目を細めた。
「今でも、ふと思うことがあるの」
旅人は何も言わない。
風が、建てかけの木材の間を抜けていく。
女は遠くを見るように笑った。
「あのとき、あなたと一緒に村を出ていたらって……」
妖精の胸が、ひくりと鳴る。
女は肩をすくめた。
「考えても、仕方ないのにね」
しばらく沈黙が落ちた。
旅人の横顔は動かない。
けれど、握った手の節だけが白くなっていた。
やがて、低い声が落ちる。
「……もう、終わったことだ」
短い言葉だった。
突き放すようでいて、
どこか自分にも言い聞かせているように聞こえた。
女は少しだけ伏し目がちに笑う。
「……そうね」
その笑みは、大人びていて。
旅人は視線を逸らす。
女はその横顔を見つめたあと、静かに言った。
「……元気でね」
返事はない。
女はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていく。
足音が遠ざかる。
残された旅人は、しばらく動かなかった。
妖精は物陰から、その背中を見る。
自分の知らない時間。
自分の入れない場所。
胸の奥が、少しだけ冷たくなった。
「……お兄さん」
旅人が顔を上げる。
「仕事、終わったのか」
「……うん」
少しだけ間があった。
「ねえ、さっきの人誰?」
「……知り合いだ」
「知り合いって?」
旅人は少しだけ視線を逸らした。
「……昔のことだ」
「……大事な人だったの?」
旅人は小さく息を吐く。
「……もう終わってる」
「……ほんとに?」
「……ああ」




