同僚と妖精(騎士編) ㉖ 俺、お前のこと……
騎士団の裏手にある石壁の影は、昼でも少しひんやりしていた。
「……で、謝りに来ただけ?」
腕を組んだ元同僚が、いつもの調子で笑う。
妖精は視線を逸らした。
「……うん」
「へぇ」
「何、その顔」
「別に」
軽い返事。
腹が立つ。
でも、こういう顔を見るのが久しぶりで、少しだけ安心してしまう自分もいた。
「来るなって言ったの、そっちだろ」
元同僚が壁にもたれたまま言う。
「……言った」
「会う必要ない、とか」
「……言った」
「ひでぇな」
笑っているくせに、少しだけ傷ついた声だった。
妖精は胸の奥がちくりと痛む。
「……だって」
「ん?」
「お姫様と、恋人なんだと思って」
元同僚の顔が止まる。
「……は?」
「手、繋いでたし」
数秒の沈黙。
やがて元同僚は片手で顔を覆った。
「……なんだよ」
「え」
「あれ仕事。恋人のフリ」
頭の中が真っ白になる。
じゃあ、自分は何を見て、何を勝手に諦めていたんだろう。
「お前さぁ……」
元同僚が呆れたように笑う。
「それで避けてたの?」
「……だって、諦めなきゃって」
「諦めるって、何を?」
その言い方に、胸がうるさくなる。
何か返したいのに、言葉が出てこない。
そのとき。
「おーい、誰かいるか?」
通路の向こうから、別の騎士の声がした。
元同僚の表情が変わる。
「やべ」
妖精の手首を掴む。
「ちょ、ちょっと」
「静かにしろ」
そのまま石壁の陰へ引き込まれた。
狭い。
背中が壁につく。
目の前に元同僚の胸元。
近すぎて、息が止まりそうだった。
足音が近づいてくる。
妖精は小声で抗議する。
「……近い」
「我慢しろ」
「無理」
「声でかい」
「そっちが――」
言い終わる前に、唇が塞がれた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
やわらかい感触。
熱。
元同僚の手が肩を押さえている。
足音が遠ざかっていく。
それでも、妖精は動けなかった。
やがて唇が離れる。
二人同時に固まった。
元同僚が、ものすごくゆっくり瞬きをする。
「……え」
妖精の声も、同じだった。
元同僚は自分の口元を押さえた。
「……俺、今なんでこれした?」
「知らない!」
真っ赤になって言い返すと、元同僚は数秒黙った。
それから、妙に真面目な顔になる。
「……あー」
空を見た。
「そっか」
「……何?」
元同僚は妖精を見る。
さっきまでの軽さが、少しだけ消えていた。
「俺、お前のこと……」
妖精の心臓が、今日一番大きな音を立てた。
「……好き、みたいだ」
「……嘘」
「嘘じゃねーよ!」
少しだけ、間。
「……本当?」
「……ああ」
妖精は、すぐに言葉が出なかった。
ほんの少しだけ、距離が近いまま動けなかった。
ーー
朝。
扉のベルが鳴る。
妖精が顔を上げると、元同僚だった。
いつもの顔で、いつものように棚を見る。
「丸パンある?」
「そこ」
ぶっきらぼうに答える。
元同僚は丸パンをひとつ取り、代金を置いた。
それでも、帰る気配はない。
妖精の顔をじっと見る。
「……何」
「……いや」
元同僚は少し笑った。
「今日も綺麗だなって」
妖精の顔が一気に赤くなる。
それを見て、満足そうに笑った。
「じゃあな」
扉のベルが鳴る。
昨日までと同じ朝。
なのに、胸の奥だけが、少し違っていた。
その理由は、まだ言葉にできなかった。




