同僚と妖精(騎士編) ㉕ 本命、会いに
昼休憩。
今日は一番弟子が休みで、
師匠の奥さんが手伝いに来ていた。
「お茶、飲む?」
「ありがとうございます」
湯のみを受け取る。
あたたかい。
「最近、元気ないね」
妖精の手が止まる。
「……そんなことないです」
「前に言ってた、好きな子のこと?」
「……向こうに、相手がいたみたいで」
湯のみを見る。
奥さんは、少しだけ笑った。
「恋人がいたの?」
「……多分」
「聞いたの?」
「……聞いてません」
「じゃあ、まだわからなくない?」
「……手、繋いでました」
「相手って、どんな人?」
「お姫様で……」
「えっ? お姫様!?」
思わず声が大きくなった。
「好きな人は……騎士なんですけど」
奥さんは少し考える。
「お姫様と騎士なら、
護衛ってこともあるんじゃない?」
「……そうですかね」
「騎士の人は、どんな性格?」
「普段は軽くて、お調子者で。
芯は硬くて真面目……ですかね」
「真面目なんだ」
「……はい」
「なら尚更護衛っぽいね」
「どうしてですか?」
「真面目な人ほど、
人前で軽々しく手なんて繋がないかなって」
「でも、優しいから……」
「好きな相手だからこそ、
簡単に触れない優しさもあるじゃない?」
妖精は、答えられなかった。
思い返せば、
触れられなかった記憶ばかりが、
浮かんだ。
奥さんは湯のみを持ち上げ、ふう、と息を吹きかけた。
「……好きなら、普通触りたくなるんじゃないんですか?」
妖精の問いに、少しだけ笑う。
「なるよ」
あっさりした返事だった。
妖精は目を瞬かせる。
「でもね」
奥さんは湯のみを置いた。
「触りたいから触る、だけじゃないの」
「……?」
「好きだからこそ、触れない人もいるってこと」
妖精は黙る。
頭では分からないでもない。
でも、胸のもやもやは消えなかった。
「……でも、もう来なくなりました」
小さくこぼれた声に、自分でも驚いた。
奥さんは妖精を見る。
「来てほしいんだ」
「……別に」
すぐに目を逸らす。
反射的に否定する。
けれど、声に力がない。
奥さんはふっと笑った。
「素直じゃないねぇ」
妖精は湯のみを見つめる。
あたたかいはずなのに、手の中だけ落ち着かなかった。
「だって……俺、もう来るなって言いましたし」
「会う必要ないって」
言ってしまった言葉を思い出して、胸が痛む。
奥さんは少し考えてから、肩をすくめた。
「じゃあ、あっちも傷ついたんでしょ」
妖精の指先がぴくりと揺れる。
「……でも」
「でも、何?」
返せない。
奥さんはやわらかく続けた。
「来なくなったなら、今度はそっちが行けばいいじゃない」
妖精は顔を上げた。
「……俺が?」
思わず、聞き返す。
「そう」
当然みたいに頷く。
「来るなって言った人のとこに?」
「言った本人が、やっぱり会いたいって行くの。別に変じゃないよ」
妖精は口を開きかけて、閉じた。
そんなこと、できるわけがない。
恥ずかしいし、怖いし、断られたら立ち直れない。
その顔に全部出ていたのか、奥さんは笑った。
「振られる前提なんだ」
「……だって、嫌われてたら」
妖精は言葉を失う。
「来なくなって寂しいんでしょ」
「……」
「会いたいんでしょ」
「……」
「じゃあ、答え出てるじゃない」
昼休憩の静かな空気の中、妖精の心臓だけがうるさかった。
奥さんは立ち上がりながら、何でもないことみたいに言う。
「謝りに行けば?」
「え」
「来るな、とか。会う必要ない、とか」
妖精の肩が跳ねる。
「言ったんでしょ?」
「……はい」
「なら、まだ用事あるじゃない」
にやりと笑う。
「本命、会いに」




