同僚と妖精(騎士編) ⑲ なんで逃げる。
「今のはないでしょ」
戻った瞬間、女騎士が呆れたように言った。
「まぁいいじゃん」
「よくない」
「護衛中に離脱って、普通やらないから」
「……」
元同僚は何も言わない。
「しかも“すぐ戻る!”って何?」
「……戻ってきただろ」
「そういう問題じゃない」
「市民守るのも仕事のうちだし」
「調子いいんだから」
少しだけ間。
「……何で行ったの?」
「……走ってた」
「は?」
「仕方ねーだろ、気づいたら走ってたんだから!」
「……それさぁ」
少しだけ呆れたように息を吐く。
「もう答え出てない?」
元同僚は黙った。
「……次はないからね」
「……ああ」
そう答えながら、
さっきの感触が、
まだ残っていた。
(触らないって決めたのに)
(……離せなかった)
手を握りしめる。
(クソ)
『もう答え出てない?』
「……まだだ」
ーー
「コラ妖精!」
一番弟子の声。
ビクッと肩が揺れる。
「お客さん」
「はい!」
「ボーっとしてんなよ!」
――助けられた。
手首に残る感触。
あのときも、
同じ場所を掴まれた。
『お前は、お前だ』
その言葉が、
ふと浮かんだ。
違うはずなのに、
なぜか重なった。
何度も、思い出してしまう。
元同僚の声。
香り。
腕の熱。
(カッコよかった)
「……あいつ、来てんのか」
師匠が言う。
「え……」
「さっき、姫のボディーガードしてた」
「……はい」
それだけ答える。
胸の奥が、
少しだけ騒がしかった。
来てる。
近くにいる。
――それだけで、
少しだけ、息が詰まる。
(……助けてくれた)
(わざわざ、仕事中に)
それに。
(……触って、くれた)
一瞬、期待する。
(……ダメ)
首を振った。
(……優しいから)
(……それだけ)
手首に触れる。
さっきの感触を、
確かめるみたいに。
――すぐに、手を離した。
(好きでいていいって言われたけど)
(……それじゃない)
少しだけ、
距離を取るように、
店の奥へ下がった。
昼休憩。
元同僚は、人混みから少しだけ外れた。
(……まだいるよな)
足が、勝手に向く。
さっきまでパン屋の出店があった場所。
――いない。
代わりに、師匠と一番弟子がいた。
「あれ……」
視線が、無意識に探す。
「……アイツなら、休憩だ」
「……そうすか」
「……ああいうのは、言わねーとわかんねぇぞ」
「は?」
少しの沈黙。
「世話の焼ける妖精だなぁ」
「はいはい、呼んでくるわ」
一番弟子は軽く手を振ると、
人混みの方へ紛れていった。
「……何すか?あの人」
「世話好きなんだろ」
「……そうすか」
視線が、
さっき一番弟子が消えた方へ向いた。
裏手の路地。
妖精は壁にもたれて、
小さく息を吐いていた。
「妖精!」
ビクッと肩が揺れる。
「はい!」
「シャイボーイ来てんぞ!」
「え……」
足が、止まる。
「いいから!」
腕を引かれる。
人混みの向こう。
見つけた。
元同僚と目が合う。
――一瞬。
時間が止まったみたいだった。
(……ダメ)
妖精は、すぐに視線を逸らした。
そのまま、背を向ける。
「……おい」
なんで逃げる。
足音が、近づく。
逃げる。
「待て!」
気づいたときには、
元同僚も走り出していた。




