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同僚と妖精(騎士編) ⑰  視線だけが、離れなかった

夜。


元同僚はベッドの上にいた。


また無意識に、

パン屋の妖精を思い出していた。


『それ、好きって言うんだよ』


女騎士から言われた言葉。


……そうなのか?


考えても答えは出ない。


コンコン。


部屋にノックの音が響いた。


「はい」


「起きてるか?」


「……先輩?」


扉を開けると先輩と、

さっきの妖精がいた。


「……何すか?」


「いいからいいから」


妖精を元同僚の部屋に押し込むと、


「楽しめよ」


と笑って去って行った。


「先輩!?」


部屋に妖精と二人きりになる。


……気まずい。


どうしても、

あいつと比べてしまう。


妖精は軽く笑った。


「初めてじゃないでしょ?」


妖精が元同僚の項に腕を回す。


顔が近づいてくる。


「……待った!」


唇が重なる寸前、胸を押し返した。


「何?」


妖精は首を傾げる。


「ヤんねーから」


「え?」


妖精の肩を掴んで部屋から追い出す。


「じゃーな」


パタンと扉を閉めた。


触る気になれなかった。


『好きなの?』


「……違う」


妖精だから?


男だから?


ハッとする。


「なんだよ……」


ーー


朝。


いつも通りの時間に起きたはずなのに、

少しだけ、頭がぼんやりしていた。


……なんだよ。


顔を洗いながら、

昨夜のことを思い出す。


「……違う」


小さく呟く。


でも、

その言葉はどこか引っかかっていた。


今日の任務は姫の護衛。

隣町でお祭りがあるらしい。


元同僚とパートナーの女騎士が姫の側近となった。


「……期待していますよ」


「……はい」


騎士団に入ったお陰で、母親の治療費の心配はなくなった。


姫のお陰だ。


恩はある。


……それなのに、


胸は静かだった。


広い通りには、色とりどりの屋台が並んでいた。

焼き物の香りと、人のざわめきが混ざり合う。


「思ったより人が多いな」


女騎士が周囲を見回す。


「人気の祭りらしいからね」


姫は穏やかに答えた。


その横で、元同僚は周囲を警戒する。


人の流れ。

視線。

手の動き。


――異常はない。


「こっちへ」


護衛の一人が先導する。


姫はゆっくりと歩き出した。


通りの端。

ひときわ人だかりができている場所があった。


「……あそこ」


姫が視線を向ける。


「パン屋か」


焼きたての匂いが、風に乗って届いた。


甘くて、やわらかい匂い。


足が、少しだけ止まる。


「行ってみましょう」


姫が言った。


「……はい」


元同僚は短く答える。


人だかりをかき分けるように進む。


見えた。


店先に立つ、小さな影。


パンを袋に詰めている。


「いらっしゃいませ」


いつもと同じ声。


でも。


少しだけ顔を上げて、こちらを見た。


目が合う。


ほんの一瞬。


――それだけで、


空気が変わった気がした。


「このパン、人気なのね」


姫が言う。


「はい。焼きたてです」


妖精は、いつも通り答えた。


丁寧で、落ち着いた声。


でも。


騎士団の妖精とは、全然違う。


「いくつかいただけるかしら」


「はい」


袋にパンを入れていく。


手際がいい。


無駄がない。


元同僚は、何も言わずに見ていた。


ただ、見ていた。


「どうぞ」


袋が差し出される。


姫が受け取る。


「ありがとう」


「いえ」


短いやりとり。


それだけなのに。


視線が、離れなかった。


「行くぞ」


後ろから声がかかる。


元同僚は、ハッとして視線を外した。


「……はい」


歩き出す。


でも、


背中に視線を感じた気がして。


ほんの少しだけ、


振り返りそうになった。

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