遊び人と妖精⑧ 夢は、いつか覚めるものだから
久しぶりに、何度も抱いてもらえた。
久しぶりに、痕をつけてくれた。
私はまだ、必要とされている。
嬉しくて、何度も鏡で首元を確認した。
あの人は不思議そうにしていたけど、
私にとっては、すごく大事なことだった。
(……嬉しいな)
その日、別れたあと。
彼がいつもと違う方向へ歩いていくのが気になって、
私は少し離れて、後をつけてしまった。
(銀行……?)
中に入っていく背中を見て、
私は外で立ち止まる。
しばらくして、窓口での話し声が聞こえてきた。
「ご結婚は?」
「……してません」
「ご夫婦ですと、融資が受けられやすくなりますよ」
「……そーすか」
――結婚。
その言葉が、胸に重く落ちた。
ーー
帰り道。
店で、他の妖精が客に笑っていた。
あれが、私。
子供を連れた親子とすれ違う。
あれが、人間。
私は、妖精。
――隣には、行けない。
最初から、わかっていたはずなのに。
いつの間にか、
ずっと隣にいられるかもしれないなんて――
期待してしまっていた。
「さよなら、しなくちゃ……」
こんなことなら、もっと抱いてもらえばよかった。
もっとキスして。
もっと一緒にいて。
もっと色んな場所に行けばよかった。
最初に出会ったときから、好きだった。
指名されなくても、
店で顔が見られるだけで、その日は一日中幸せだった。
『夢みたい……』
あのとき、本当にそう思った。
夢は、いつか覚めるものだから。
ーー
商店街を歩く。
いつもは目に留まらない宝石店。
なぜか気になった。
『しるしが欲しかったんです』
不意に思い出す。
これか。
俺は店に入った。
ーー
そういえば、
アイツが物を欲しがったことはなかったな。
指輪の入ったケースを、
ポケットにしまう。
次に会ったときに渡そう。
そう思っていた。
ーー
夕方。
公園のベンチに誰かが座っているのが見えた。
あれ?
ベンチに座っていたのはアイツだった。
「こんなところで、どうした?」
「待っていたんです」
「は?」
「あなたが、ここを通ると思って」
「何か、あったのか?」
妖精は、ぎゅっと手のひらを握りしめていた。
そして、ゆっくり立ち上がる。
「私、他に好きな人ができたんです」
嘘だった。
でも、こう言うしかなかった。
「別れてください」
一瞬、フリーズした。
「え……」
今朝、あんなにキスマークを喜んでいた妖精。
なのに。
「……本当に?」
「はい」
迷いもなく、言う。
何で。
急に。
色々言葉が浮かんだ。
でも。
「……そうか」
そう返すしかなかった。
そうだよな、と思った。
気持ちは変わる。
よくあることだ。
「さようなら」
妖精が踵を返す。
咄嗟に手首を掴んでいた。
「あのさ……」
妖精は振り向かない。
もう、俺を見ない。
それが答えだった。
そういうことか、と思った。
掴んだ手を、離す。
言いたいことは、いくつもあった。
でも。
「……元気でな」
最後まで、振り向かなかった。
ポケットの中の指輪が、やけに重かった。




