同僚と妖精(騎士編) ⑥ 追い出されない場所
最初は、掃除ばかりだった。
床を掃く。
粉を拭く。
台を磨く。
同じことの繰り返し。
でも。
妖精は幸せだった。
働く場所がある。
給料が入る。
そして――
人として扱われる。
それだけで、十分だった。
⸻
朝は早い。
まだ暗いうちに工房へ行く。
扉を開けると、
パンの匂いが残っている。
甘い匂い。
少しだけ、安心する。
妖精は箒を持つ。
静かな工房を、
ゆっくり掃き始めた。
⸻
…そういえば。
師匠に初めて会ったのは、
妖精の店の前だった。
(常連なんだろうか)
ちらっと師匠を見る。
年齢の割に艶のある長髪。
色気のある顔立ち。
モテそうだ。
ゴツゴツした手が、
パン生地をこねている。
妖精はすぐ目を逸らした。
聞けない。
⸻
一番弟子に言われた。
「まさか、師匠の愛人?」
冗談のつもりだろう。
でも。
妖精は少しだけ気になった。
(……もしかして)
ふと思う。
(体目当てだったり)
すぐに首を振る。
そんなはず、ない。
師匠は、妖精を見ない。
パンを見る。
火を見る。
生地を見る。
ただ、それだけだった。
しばらくして。
師匠がふと言った。
「おい」
妖精が顔を上げる。
「お前、今どこで寝てる?」
ドキッとした。
少し迷う。
「……テントです」
工房の裏。
簡単な布のテント。
雨の日は、少し濡れる。
師匠は少し眉を寄せた。
「そうか」
少し考える。
それから言った。
「ウチ来るか?」
妖精は固まる。
(……え)
一番弟子の言葉がよぎる。
『師匠の愛人?』
胸がざわつく。
(もしかして)
(本当に……)
そのとき。
後ろで、一番弟子が笑った。
「師匠、やっぱり妖精飼うつもりなんじゃん」
師匠が顔を上げる。
「はぁ?」
一番弟子は肩をすくめる。
「この前だって妖精の店行ってたし」
師匠は顔をしかめた。
「……あれは」
生地をこねながら言う。
「取引先が指定してきたからだ」
「断れねぇだろ」
一番弟子が笑う。
「本当にぃ?」
まだ疑ってる顔。
「俺はもう妖精はいい」
「昔、散々遊んだからな」
生地をこねながら、
どうでもよさそうに言った。
「今はパンの方が面白ぇ」
「さすが師匠」
妖精は小さく息を吐いた。
(そうだったんだ)
胸の奥の力が、
少しだけ抜けた。
ーー
師匠の家は、工房のすぐ近くにあった。
小さめの一軒家だった。
扉を開けると、犬が吠えた。
「おかえり」
奥から女の人が顔を出す。
妖精は思わず師匠を見る。
「妻だ」
ぶっきらぼうに言った。
「はじめまして」
女は柔らかく笑う。
妖精は慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして……」
(師匠、結婚してたんだ)
胸の奥が、少し静かになる。
「本当に綺麗ね」
奥さんは少し笑う。
「うちのパン屋には、もったいないくらい」
妖精は首を振った。
「いいえ……」
奥さんは気さくに続ける。
「部屋、片付けたんだけど」
「あんな狭いとこでごめんね」
「とんでもないです」
そのとき。
「こっちだ」
師匠が短く言った。
「はい」
妖精は慌てて後を追った。




