旅人と妖精⑲ 守る人
昼。
カフェは今日も混んでいた。
妖精は皿を運ぶ。
笑顔を作る。
でも、手は少しだけ震えている。
そのとき。
扉が開いた。
旅人が入ってくる。
妖精の目が少しだけ大きくなる。
旅人は何も言わない。
窓際の席に座る。
コーヒーを頼む。
妖精が持っていく。
小さく聞く。
「……どうしたの」
旅人は短く答える。
「様子を見に来た」
それだけ。
妖精の胸が少しだけ軽くなる。
そのとき。
昨日の男たちが笑いながら入ってきた。
「お、いたいた」
「今日もいるじゃん」
「エロ妖精」
男が妖精の肩に手を伸ばす。
「またケツ触っちゃおっかな」
笑い声。
その瞬間。
手首を掴まれた。
男が振り向く。
旅人だった。
静かな目。
逃がさない指。
力は強くない。
でも、びくともしない。
旅人が静かに言う。
「やめろ」
低い声。
店の中が一瞬静まる。
男が眉をひそめる。
「なんだお前」
旅人は妖精の前に立つ。
そして言う。
「触るな」
それだけだった。
妖精の震えが、ようやく止まった。
男が舌打ちする。
「妖精の飼い主か?」
旅人は答えない。
男は顔をしかめる。
「……違うのか」
もう一人が肩を叩く。
「ウゼェ。行こうぜ」
男たちは笑いながら店を出ていった。
店の中の空気が、ゆっくり戻る。
旅人が妖精を見る。
「辞めていいぞ、仕事」
妖精は少し驚く。
「でも……」
旅人は小さく息を吐く。
「俺の読みが甘かった」
少しだけ間。
「この町も安全じゃない」
妖精は黙って旅人を見る。
「……でも」
妖精が小さく言う。
「お兄さんがいるから、怖くない」
少しの沈黙。
旅人は短く言った。
「……そうか」
それだけだった。
でも。
妖精は、少しだけ笑った。
翌日。
妖精はまたカフェに立っていた。
皿を運ぶ。
客に笑顔を向ける。
昨日のことを思い出すと、
胸が少しだけざわつく。
でも。
扉の近くの席に、
旅人が座っている。
背は壁に預け、
入口が見える位置。
ただコーヒーを飲んでいる。
それだけで。
妖精は、前より少しだけ
まっすぐ立てた。
夕方。
カフェの窓から、やわらかい光が入ってくる。
妖精は最後の皿を運ぶ。
客が帰り、店の中が少しずつ静かになる。
店主が言う。
「今日はここまででいいよ」
妖精が頭を下げる。
「ありがとうございました」
外に出る。
空はもうオレンジ色だった。
通りの向こうに、旅人がいる。
壁にもたれて、待っている。
妖精に気づく。
「終わったか」
妖精は笑う。
「うん」
二人は並んで歩き出す。
町の灯りが少しずつ灯る。
「今日はどうだった」
旅人が聞く。
妖精は少し考える。
それから言う。
「……大丈夫だった」
小さな声。
でも、確かだった。
旅人はそれ以上聞かない。
ただ歩く。
宿屋の灯りが見えてくる。
妖精はふと思う。
まだ分からない。
この先どうなるのか。
どこへ行くのか。
でも。
隣を歩く足音がある。
それだけで。
今日は、少しだけ
世界が怖くなかった。




