旅人と妖精⑱ 安心したくて
翌朝。
妖精は先に目を覚ました。
隣には、まだ旅人が眠っている。
静かな寝息。
妖精はじっと見つめる。
……抱いてくれた。
思い出す。
昨夜のこと。
顔がゆるむ。
しっかりとした眉。
高い鼻。
薄めの唇。
男らしい、端正な顔立ち。
カッコイイな。
妖精はしばらく見惚れていた。
そのとき。
旅人のまぶたが少し動く。
ゆっくり目が開く。
妖精と目が合う。
「……朝か」
低い声。
妖精が小さく笑う。
「うん」
妖精はドキドキしている。
昨夜のことを思い出すたび、
胸が落ち着かない。
でも。
旅人はいつも通り。
クールな顔。
何も変わらない。
その温度差が、少しだけくすぐったい。
二人は宿屋を後にした。
町のカフェで朝食を済ませる。
パンとコーヒー。
人の声。
朝の匂い。
通りを歩いていると、
旅人がふと立ち止まる。
町の掲示板の前。
紙が何枚も貼られている。
妖精が首を傾げる。
「何?これ」
旅人が答える。
「求人情報」
少し紙を眺める。
それから言う。
「この町で少し、働くかな」
妖精が目を丸くする。
「じゃあ僕も」
旅人がちらっと見る。
少しだけ笑う。
「そうか」
それだけ。
数日後。
旅人は荷運びや建築の手伝い。
力仕事を始めた。
妖精はカフェで働くことになった。
皿を運び、
注文を聞き、
客に笑顔を向ける。
夜になると、
二人はまた同じ宿に戻る。
「カフェに、綺麗な子がいるらしい」
客が少しずつ増え始める。
最初は、ただの噂だった。
でも。
次第に店は混み始める。
昼前から席が埋まり、
扉が開くたびに視線が集まる。
「いらっしゃいませ」
妖精が笑う。
客たちは、料理より先に妖精を見る。
「本当に綺麗だな」
「肌、白すぎない?」
ひそひそ声。
妖精は少し戸惑いながらも働く。
皿を運び、
注文を聞き、
笑顔を作る。
でも。
視線が、少しずつ変わっていく。
ある日。
客の一人が、声をかけた。
「なあ」
妖精が振り向く。
「はい?」
男は笑う。
「いくら?」
妖精は意味が分からない。
「……?」
次の瞬間。
肩を掴まれた。
ぐっと引き寄せられる。
「ちょっと触らせろよ」
「やめてください」
妖精が腕を引く。
別の男が笑う。
「いいじゃん」
指が腰に触れる。
そして。
尻を撫でられる。
「きゃっ……」
反射的に出た声。
男達が笑う。
「エロいな」
「いいね」
「ヤらせろよ」
妖精の顔が真っ白になる。
手から皿が落ちた。
カシャン。
店の奥から店主の声がする。
「どうした?」
妖精は何も言えない。
そのまま奥へ逃げ込んだ。
胸が、早く打っている。
震えが止まらない。
外ではまだ、男たちの笑い声が聞こえていた。
ーー
夜。
妖精は何も言わなかった。
ただ、旅人の服を握る。
ぐっと引き寄せた。
唇が触れる。
一度。
それだけのはずだったのに。
妖精は離れない。
もう一度。
今度は深く。
旅人の指が、妖精の顎に触れる。
顔を少し上げさせる。
唇が重なる。
舌がそっと触れてくる。
絡む。
妖精の肩が震える。
息が熱く混ざる。
「……どうした」
旅人が低く聞く。
妖精は息を乱したまま答える。
「欲しいの」
小さな声。
妖精の指が旅人の服を強く掴む。
「安心……したくて」
小さく言う。
「ここにいるって、思いたくて」
旅人の手が妖精の背中を撫でる。
ゆっくり。
落ち着かせるように。
でも、唇はまた重なる。
深く。
長く。
妖精は何度も旅人に縋った。
まるで、そこにしか安心がないみたいに。




