旅人と妖精⑰ 選んだのは僕
飼い主の目が、妖精を見る。
妖精の肩が、びくりと揺れた。
旅人の服を、ぎゅっと掴む。
指が震えている。
「ごめんなさい……」
小さな声。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
ぶつぶつと、同じ言葉を繰り返す。
顔は真っ青で、
目の焦点が合っていない。
飼い主はそれを見て、舌打ちした。
「……ちっ」
鼻で笑う。
「あんだけ世話してやったのに」
妖精は、聞いていない。
ただ、震えている。
「恩知らず」
吐き捨てる。
「もういい」
飼い主が肩をすくめる。
「使えない奴はいらない」
視線を逸らす。
「今日は、新しい妖精を買いに来たんだ」
そのまま背を向ける。
人混みの中へ、消えていった。
静かだった。
妖精は、まだ「ごめんなさい」と呟いていた。
手は、旅人の服を掴んだまま。
「……大丈夫か」
旅人が顔を覗きこむ。
妖精は答えない。
呼吸が浅い。
体が震えている。
目は、どこも見ていない。
暗い部屋。
重い体。
笑い声。
逃げられない夜。
途切れ途切れに、光景がよぎる。
旅人が、妖精の肩に手を置く。
「もう大丈夫だ」
静かな声。
妖精が、はっと顔を上げる。
目の前に、旅人の顔。
優しい目。
その瞬間、
張り詰めていた何かが切れた。
ぽろり、と涙が落ちる。
妖精は何も言わない。
ただ、旅人に抱きついた。
ぎゅっと、
しがみつくみたいに。
体の震えが止まらない。
旅人は何も聞かない。
ただ、背中に手を回す。
ゆっくりと撫でる。
妖精の顔が、胸に埋まる。
しばらく、そのままだった。
ーー
その夜。
町の宿屋。
小さな部屋。
ベッドは二つあった。
でも。
妖精は離れなかった。
旅人の服を掴んだまま。
子どもみたいに。
「……離れるか?」
旅人が聞く。
妖精は首を振る。
小さく。
「怖い」
旅人は何も言わない。
ただ、ベッドに腰を下ろす。
妖精も隣に座る。
灯りを消す。
暗い部屋。
妖精はそっと腕を回す。
胸に顔を埋める。
しばらく沈黙。
それから。
妖精が小さく言う。
「……さっき」
「うん」
「怖かった」
旅人の手が背中を撫でる。
ゆっくり。
「もう大丈夫だ」
妖精は黙る。
それから顔を上げる。
唇が触れる。
小さな口づけ。
「……お兄さん」
声が震える。
「大好き」
もう一度。
唇が触れる。
今度は少し長い。
妖精の手が旅人の服を掴む。
「……抱いて」
小さな声。
「お兄さんのが欲しい」
小さな声。
震えている。
旅人は何も言わない。
ただ。
妖精の腰を引き寄せる。
強く。
返事の代わりに、
唇を重ねる。
さっきまでとは違う。
深い口づけ。
逃げない。
妖精の指が、旅人の服を掴む。
離さない。
息が混ざる。
暗い部屋の中で、
二人の距離が、ゆっくり消えていった。




