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旅人と妖精⑯ 誰のものでもない

ふと、妖精の足が止まる。


旅人が振り返る。


「どうした?」


妖精は答えない。


ただ、通りの向こうを見ている。


「……あれ」


指をさす。


風俗街の一角。


赤い灯り。


飾り窓。


見慣れた看板。


妖精の店があった。


旅人が目を細める。


「この町にもあるのか……」


妖精は無言。


人の出入り。


笑い声。


軽い呼び込み。


「お兄さん、遊んでいかない?」


旅人の手が、少しだけ強くなる。


妖精の腕を掴んだまま。


「行くぞ」


低い声。


妖精は少しだけ目を伏せる。


それから頷く。


「うん」


二人は歩き出す。


でも。


妖精は一度だけ振り返る。


赤い灯りが、まだ見えていた。


笑い声。


客引きの声。


見慣れた光景。


妖精の手が、フードに触れる。


耳を隠そうとする。


その瞬間。


旅人の手が先に動く。


フードをぐいっと引き上げる。


妖精の耳がすっぽり隠れる。


妖精が目を瞬く。


旅人は前を見たまま言う。


「目立つ」


それだけ。


妖精は少し黙る。


それから小さく笑う。


「……うん」


フードの奥で、


耳がほんの少し赤くなっていた。


ーー


町のフードコート。


人の声。


皿の音。


焼ける匂い。


旅人と妖精は向かい合って座っている。


パンとスープ。


でも。


妖精は黙ったまま。


俯いている。


旅人がパンをちぎる。


それから言う。


「どうした?」


妖精はすぐに答えない。


指が少し震えている。


「……怖くて」


小さな声。


旅人が視線を上げる。


妖精の手が震えている。


スープの縁が、かすかに揺れる。


「また」


言葉が途切れる。


「また、ああいう場所に戻りそうで」


旅人は黙って聞く。


妖精は俯いたまま言う。


「僕」


少し笑う。


でも弱い。


「着いて来ちゃ、いけなかったのかな」


沈黙。


人のざわめき。


旅人はしばらく考える。


それから言う。


「お前が決めればいい」


妖精が顔を上げる。


「俺じゃない」


旅人は続ける。


「お前だ」


スープの湯気が上がる。


妖精は黙る。


その言葉を、ゆっくり飲み込む。


「お兄さんと一緒にいたい……」


「好きにしろ」


妖精はスプーンを手に取る。


「美味しい」


温かさが胸に沁みた。


ーー


夕食を済ませ、妖精がトイレに向かう。


人混みを抜ける。


そのとき。


突然、腕を強く掴まれた。


「痛っ……」


振り向く。


「よくも逃げたな」


聞き覚えのある声。


妖精の顔から血の気が引く。


目の前に立っていたのは――


元の飼い主。


怒りで顔が歪んでいる。


「ご主人、さま……」


腕を掴む手に力が入る。


ぎり、と骨が鳴る。


「お前は俺の物だろう!」


妖精の肩が震える。


「ご、ごめんなさい!」


殴られる。


そう思って、目を閉じる。


その瞬間。


腕が止まる。


「やめろ」


低い声。


旅人。


飼い主が振り向く。


鼻で笑う。


「お前か」


「人の妖精、横取りして」


目が細くなる。


「泥棒だぞ、泥棒」


妖精の肩が旅人の背中に隠れる。


「もういいだろう」


静かな声。


「自由にしてやれ」


飼い主が笑う。


乾いた笑い。


「自由?」


肩を震わせる。


「笑わせるな」


顔が近づく。


「これは商品なんだよ!」


手が再び妖精へ伸びる。


その腕を――


旅人が払う。


ぱし、と音が鳴る。


空気が張り詰める。


旅人が言う。


「コイツは」


一歩前に出る。


「自分の足で立ってる」


視線は揺れない。


「お前に飼われる必要はない」


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