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旅人と妖精⑭  さみしい

妖精が林の中に飛び込む。


枝が頬をかすめる。


息が乱れる。


あんなに激しく抱いてくれたのに。


一度だけの夜を思い出す。


腕。


体温。


息が混ざった夜。


今は、全然、見てもくれない。


妖精の足が木の根に引っかかる。


体が前に投げ出される。


転ぶ。


土の匂い。


「……っ」


痛い。


膝が擦れる。


手のひらに砂がつく。


妖精は起き上がらない。


そのままうずくまる。


涙が落ちる。


怪我も。


胸も。


痛む。


勇気出して飛び出したのに。


バカみたい。


こんなの。


期待して。


「……はは」


笑う。


声が震える。


「やっぱり」


地面を見る。


「ただの妖精じゃん」


そのとき。


背後で枝が鳴る。


妖精の肩がびくりと揺れる。


足音。


ゆっくり近づく。


止まる。


「……怪我したな」


低い声。


旅人。


妖精は顔を上げない。


「見ないで」


小さい声。


旅人は何も言わない。


少し屈む。


手が伸びる。


妖精の肩に触れようとして。


止まる。


少しだけ迷う。


それから、


やっぱり触れる。


妖精の肩が震える。


「……ほっといてよ」


旅人は静かに言う。


「無理だ」


それだけ。


妖精の喉が詰まる。


「なんで」


声が掠れる。


「さっきは、ほっといたくせに」


沈黙。


風が林を揺らす。


妖精が顔を上げる。


泣きすぎて、ひどい顔だった。


「抱いてくれたのは」


震える声。


「一回だけじゃん」


「なのに」


息が乱れる。


「なんで、優しくするの」


旅人は答えない。


ただ。


妖精の膝についた土を払う。


その手が、少しだけ震えている。


妖精が気づく。


「……なにそれ」


涙が止まらない。


「優しいフリ?」


旅人がようやく口を開く。


低い声。


「違う」


それだけ。


妖精が睨む。


「じゃあ何」


沈黙。


長い沈黙。


旅人は視線を落とす。


それから言う。


「……あの夜」


少しだけ息を吐く。


「止められなかった」


妖精の胸が跳ねる。


「でも」


旅人は続ける。


「今は、違う」


視線を上げる。


真っ直ぐ。


「丁寧に……」


林が静かになる。


妖精の呼吸が止まる。


旅人に詰め寄る。


「……キスして」


「え?」


胸を叩く。


駄々っ子みたいに。


「キスして!」


「抱きしめてよ!」


「さみしい!」


声が震える。


「さみしい!」


旅人は驚いたまま、動かない。


妖精の拳が胸を叩く。


弱い音。


何度も。


「さみしいんだよ……」


声が崩れる。


旅人の腕がゆっくり上がる。


そっと包む。


強くない。


でも逃がさない。


妖精の体がびくっと震える。


胸に顔を押しつける。


「……キスして」


小さく言う。


旅人はしばらく動かない。


妖精の髪を見下ろす。


それから。


ゆっくりと顎を上げる。


目が合う。


涙で視界が滲んで、旅人の顔が少しぼやけた。


旅人の指が頬を拭う。


「……一回だぞ」


低い声。


妖精が息を止める。


次の瞬間。


唇が触れる。


短い。


ほんの一瞬。


それだけ。


でも。


妖精の肩が震える。


旅人の服を掴む。


「……もう一回」


かすれた声。


旅人が困った顔をする。


少し笑う。


「お前な」


妖精は離れない。


胸に額を押しつけたまま。


小さく言う。


「だって」


「不安なんだもん」


林の風が静かに吹いた。


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