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同僚と妖精⑮ あいつだけ

 妖精は目を閉じる。


(……そっか)


 静かに、納得する。


 金もいらない。


 体もいらない。


 だったら。


 俺は、何もない。


 妖精はロッカーを閉める。


 かちり、と小さな音。


 その音がやけに響く。


(近づかない方がいいな)


 あんな顔をさせるくらいなら。


 最初から、いない方がいい。


 妖精はゆっくり歩き出す。


 胸の奥が、少しだけ痛かった。


ーー


 向こうから笑い声が聞こえた。


「今日、妖精の店行くんだろ?」


「ああ」


 酒の匂い。


 軽い足取り。


 先輩たちだ。


「あそこの酒場の二階、知ってるか?」


「なんだよ」


「ヤり部屋なんだってよ」


 おおーっと盛り上がる。


「すぐヤれんの?別料金?」


「すぐヤれて込み込み」


「スゲェな」


 下品な笑い声が上がる。


「妖精ってさ」


「綺麗だし、サービスいいし、優しいし」


「金払えば文句言わねぇしな」


「中出しし放題」


 最高、とまた笑う。


 同僚の足が止まる。


 背中を向けたまま、その会話が耳に入る。


 奥歯がきしむ。


(……違う)


 胸の奥で声が出る。


(俺は、あいつらと違う)


 妖精を見て、そんなこと思ったわけじゃない。


 利用するつもりなんてない。


 絶対に。


 なのに。


 さっき。


 一瞬でも。


 揺れた。


 同僚の拳が震える。


(……同じじゃない)


 低く、息を吐く。


(同じになりたくない)


 思い出す。


 妖精の目。


 少しだけ笑った顔。


 最後の言葉。


『思い出くらい』


 胸がざわつく。


 同僚は強く頭を振る。


「……揺れるな」


 自分に言い聞かせる。


 そのまま歩き出す。


 夜の空気が冷たかった。


ーー


夜の通りは賑やかだった。


 酒場の灯り。


 笑い声。


 同僚は足を止める。


 視線の先。


 妖精の店。


 入口の前に、妖精が立っている。


「寄っていきませんか?」


 柔らかい声。


 すぐ脱げそうな薄い服。


 白い肌。


 長い睫毛。


 確かに、美しい。


 通りすがりの男たちが足を止める。


「綺麗だな」


「一杯だけ寄るか?」


 妖精が笑う。


 慣れた笑顔。


 同僚は少しだけ見て、それから視線を逸らす。


 胸は、何も鳴らない。


 ただ、綺麗だと思うだけ。


 それだけだ。


(……よかった)


 胸の奥で小さく息を吐く。


(俺は、あいつらと同じじゃない)


 金を払えば触れる。


 そういう存在として見る男たち。


 同僚は足を動かす。


 そのとき。


 ふと、思い出す。


 帰りのロッカー。


 上目遣い。


『お前になら……触られてもいい』


 胸が、ざわつく。


 同僚の足が一瞬止まる。


 さっきの妖精。


 同じ妖精なのに。


 何も思わない。


 なのに。


 あいつだけは。


 胸がざわつく。


 理由は、まだ分からない。


 ただ。


 同僚は小さく息を吐く。


「……くそ」


 低く呟く。


 気づかないまま、歩き出す。


 夜の灯りの中へ。



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