表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/80

同僚と妖精⑭ 思い出

「先輩達は?」


「今日飲み会だって」


「へぇ」


 妖精は何でもないように言う。


「妖精の店に行くんだって」


 一瞬、同僚の手が止まる。


「あ、そう」


 仕事が終わった後、ロッカーで二人きり。


 静かだ。


「皆、妖精好きだよね」


 ちらっと同僚を見る。

 無言。

 妖精は少しだけ視線を上げる。

 上目遣い。


「あのさ」


「ん?」


このまま、何もしないで、さよならは嫌だった。


「お前になら……触られてもいい」


 言ったあとで、少しだけ笑う。


「試してみる?」


 一歩、歩み寄る。


 同僚が固まる。


「え……」


 肩に手が触れる。


 近い。


 柔らかい匂いがした。


 一瞬、頭の奥が熱くなる。


 同僚の眉が寄る。


「やめろよ」


 低い声。


「俺は、他のヤツらみたいにお前を利用したくない」


 妖精は少しだけ首を傾ける。


「利用じゃなかったら?」


 静かな声。


 同僚が言葉に詰まる。


 妖精は視線を逸らす。


「俺が触って欲しいって言ったら?」


 淡々と言う。


 少しだけ笑う。


 同僚の呼吸が止まる。


 妖精は続ける。


「深く考えなくていいよ」


「最後かもしれないし」


 ぽつり。


「お前、騎士になるんだろ」


 軽く言ったつもりだった。


 でも、声は少しだけ掠れる。


「だったら、お互い気持ちよくなってさ」


 少しだけ近づく。


「思い出くらい、残してもいいじゃん」


 冗談みたいに言う。


 でも。


 同僚は笑わない。


 ただ、妖精を見る。


 長い沈黙。


 やがて、低い声が落ちる。


「……なんだよ思い出って」


 少しだけ、苦そうに笑う。


「俺はそんなの、絶対嫌だから」


 低い声。


 静かだったロッカーに落ちる。


 妖精が目を瞬く。


 同僚の顔が歪む。


 何か言おうとして、言葉が出ない。


 舌打ちをひとつ。


 ロッカーの扉を乱暴に閉める。


 がん、と音が響く。


「……くそ」


 小さく吐き捨てる。


 妖精が一歩踏み出す。


「おい——」


 同僚は振り向かない。


 そのまま扉へ向かう。


 手をかける。


 一瞬だけ、止まる。


 背中が強張っている。


 何か言うべきなのか。


 それとも。


 でも。


 結局、何も言わない。


 扉を押し開ける。


 廊下の光が流れ込む。


 次の瞬間、同僚は外へ出た。


 足音。


 速い。


 ほとんど走るように遠ざかる。


 妖精はその場に立ったまま。


 追えない。


 呼べない。


 ただ、閉まった扉を見ている。


 静かだ。


 さっきまで、二人いた場所なのに。


 妖精はゆっくり視線を落とす。


 胸の奥が、じわりと痛む。


(……やっぱり)


 抱くほどの価値もないか。

 

 ロッカーの前で、しばらく動けなかった。


 さっきの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


『俺はそんなの、絶対嫌だから』


 胸の奥が、じんと痛む。


 でも、怒っているわけじゃない。


 ただ、少しだけ苦しい。


 妖精は小さく息を吐く。


(……別に)


 好かれたかったわけじゃない。


 そうじゃない。


 そんなこと、最初から思っていない。


 人間が妖精を好きになるわけない。


 妖精は視線を落とす。


 自分の手を見る。


 細くて、白い手。


 今まで何度も触られてきた手。


(役に立ちたかっただけ)


 あいつの母親の手術。


 騎士団。


 村を出る未来。


 全部、本気だった。


 だから。


 最後に、少しくらい。


 役に立てたらいいと思った。


 それだけだった。


 なのに。


 それすら、いらないと言われた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ