王子と妖精⑦
王宮。
重い扉が閉まる。
王子は外套を脱ぎ捨てる。
誰も呼ばない。
誰も入れない。
机に手をつく。
「……全部、演技だったのか」
呟いた声が、虚しく響く。
だが、すぐに分かる。
違う。
あの震えた指。
来なかった夜。
伸ばしかけた手。
全部、嘘のはずがない。
「私はあなたのこと、何とも思っていません」
妖精は言う。
目は逸らしたまま。
王子の喉が鳴る。
「嘘だ」
低い声。
妖精は答えない。
「……さようなら」
背を向ける。
一歩。
二歩。
「待て」
足が止まらない。
「……好きだ」
声が震える。
「好きなんだ」
その言葉は、追いかけるように。
「お前のことが……誰より」
沈黙。
妖精は、振り向かない。
指先が、震える。
歩みは止めない。
ただ、
視界が滲む。
頬を伝うものを、
拭わない。
王子の声が、背中に刺さる。
それでも。
振り向かない。
王子は飛び起きた。
呼吸が荒い。
手は、何も掴んでいない。
静かな寝室。
「……夢か」
喉が乾いている。
あの背中。
振り向かなかった白銀の髪。
今すぐ確かめなければ、
本当に失う気がした。
店の灯りは、いつも通り。
だが。
「……あの妖精は」
店主は肩をすくめる。
「昨日、旅立ちましたよ」
王子の足元が、わずかに揺れる。
「どこへ」
「さあ」
それだけ。
探した。
何日も。
何度も。
だが、白銀の髪はどこにもなかった。
⸻
王子は王子として生きる。
朝は執務室へ向かい、
昼は臣下の声を聞き、
夜は灯りの消えた寝室で目を閉じる。
妃は何も問わない。
ただ、隣にいる。
ある日、王子はふと口にした。
「……私は」
言葉が途切れる。
妃は静かに待つ。
「少し、弱いのかもしれぬ」
それだけ。
妃は微笑む。
責めない。
慰めない。
ただ、隣に立つ。
王子はほんの少しだけ、
その静けさに身を預ける。
全部ではない。
ほんの少し。
それでいい。
⸻
遠い町。
夜。
宿主が言う。
「どうして毎回、違う部屋を?」
妖精は一瞬だけ黙る。
あの夜の声がよみがえる。
「なぜ毎回違う妖精を呼ぶのですか?」
「本気になるのが怖い?」
ふ、と。
小さく、自嘲気味に笑う。
あのときの殿下と、同じだ。
いや。
違う。
怖かったのは、
殿下ではなく、
私の方だった。
窓の外に夜が広がる。
胸の奥が、わずかに痛む。
それでも。
夜は続く。
思いは、消えない。
抱えたまま、生きていく。
灯りを消す。




