王子と妖精④
その夜。
王子が手を伸ばすより先に、妖精が口を開いた。
「今夜は、用事がございます」
王子の指が止まる。
「……何だと」
「申し訳ありません」
目は伏せたまま。
謝罪は、きちんとしている。
感情は、ない。
「帰るな」
低い声。
命令に近い。
妖精は、ほんの一瞬だけ顔を上げる。
「……申し訳ありません」
それだけ。
衣を整える。
扉へ向かう。
王子は動けない。
止められない。
「……待て」
届かない。
パタン。
静かな音。
扉が閉まる。
広い部屋に、
王子だけが残る。
次の夜。
王子は待った。
だが、来ない。
「……どういうことだ」
従者が目を伏せる。
「今夜は、他の客と」
王子の胸が、わずかに軋む。
「明日は」
「……明日も、予定が入っております」
その次も。
その次も。
同じ返事。
王子は理解する。
傷つけた。
だが。
もう遅い。
⸻
夜の街に出る。
王子は外套を深く被る。
護衛も最小限。
名を隠して歩く。
灯りの下。
笑い声。
酒の匂い。
遠くに、白銀の髪が揺れた気がする。
足が、勝手に向く。
だが、違う。
知らない妖精。
王子は拳を握る。
(……どこだ)
呼べば来る存在ではない。
探さなければ会えない。
王子は拳を握る。
夜の街。
王子は足を止めた。
男と、妖精。
腕を組んでいる。
笑っている。
白銀の髪。
間違いない。
喉が鳴る。
声が、出ない。
外套を深く被る。
妖精は気づかない。
客に身体を寄せたまま、
灯りの向こうへ消える。
王子は動けない。
遊びに決まっている。
その言葉だけが、
静かに残る。
ーー
ある日の夜。
王子は名を変えた。
外套を深く被り、宿の一室を取る。
「妖精を一人」
声は低い。
いつもの命令ではない。
ただの、客。
⸻
扉が叩かれる。
「……失礼します」
開いた。
白銀の髪。
妖精は一瞬、動きを止める。
だがすぐに微笑む。
「初めまして」
客としての声。
王子の喉が鳴る。
「……ああ」
妖精は部屋に入る。
扉が閉まる。
二人きり。
妖精は王子を見つめる。
少しだけ、首を傾げる。
「どこかで、お会いしましたか?」
分かっている。
だが、言わない。
王子は外套を脱がない。
名も告げない。
「……お前の体が欲しいだけだ」
それだけ。
妖精の指が、わずかに止まる。
「体だけ、ですね」
確認するような声。
王子は答えない。
妖精は一歩、近づく。
王子の胸に、指を置く。
「では」
かがむ。
唇が触れる。
王子が顎を掴む。
深く、奪う。
ベッドに傾れ込む。
距離が消える。
けれど。
王子の指は、震えている。
妖精の目は、静かだ。
何も問わない。
何も求めない。
「……体だけ、ですね」
もう一度。
王子は目を閉じる。
答えない。
何度も、口づける。
奪うように。
確かめるように。
唇が離れたあとも、
距離が戻らない。
「……わかっているだろう」
掠れた声。
「俺は……お前を……」
言葉が続かない。
情けないほどの沈黙。
王子は妖精の胸に顔を埋める。
縋るように。
隠れるように。
「……あなたらしくないですね」
静かな声。
拒まない。
突き放さない。
ただ、事実を置く。
妖精の指が、
震えている王子の髪に触れる。
そっと、撫でる。
王子の呼吸が乱れる。
指が、わずかに震えている。




