王子と妖精③
その夜も。
その次の夜も。
王子は同じ妖精を呼んだ。
最初は、ただ抱きしめて眠るだけ。
それで十分だった。
ある夜。
指が、髪に触れる。
撫でる。
妖精は動かない。
次の夜。
額に、口づける。
短く。
「……嫌か」
「いいえ」
それ以上は、進まない。
抱けるのに。
抱かない。
静かな夜が続く。
抱かれていないのに、
胸の奥だけが、熱い。
額に。
頬に。
やがて、唇に触れる。
短く。
重ねる。
妖精の指が、
王子の衣を、そっと掴む。
唇が、離れない。
掴んだ衣を、妖精は放さない。
王子の手が、背に回る。
「……いいのか?」
低い声。
妖精は目を閉じる。
「はい」
指が、王子の衣を強く掴む。
次の瞬間、
距離が、消えた。
⸻
夜は長かった。
息が重なり、
指が絡み、
名を呼ぶ声が何度も途切れる。
何度も。
確かめるように。
もう、越えていた。
ーー
朝。
光が、白い。
同じ寝台。
距離が、少しだけ遠い。
妖精は先に身を起こす。
衣を整える。
王子は何も言わない。
「……帰るのか」
低い声。
妖精は振り向かない。
「はい」
沈黙。
王子の指が、わずかに動く。
「今夜も、来てくれ」
一瞬だけ、間。
「……はい」
それだけ。
それ以上は、ない。
何度も熱い夜を過ごすようになった。
廊下で、妃とすれ違う。
王子は足を止めない。
だが。
「最近」
妃の声が静かに落ちる。
「同じ妖精をお呼びのようですね」
王子の足が、わずかに止まる。
「……何のことだ」
「以前は、毎回違っていたでしょう」
静かな声。
「遊びだと、思っていました」
一拍。
「……少し、嫉妬します」
妃の声は穏やかだった。
王子は目を逸らす。
「遊びに決まっているだろう」
即答。
強い声。
「たまたま同じだっただけだ」
妃は何も言わない。
ただ、静かにうなずく。
「そうですか」
それだけ。
王子は踵を返す。
廊下の角。
柱の影。
そこに、立っていた。
白銀の髪。
妖精だった。
視線が合う。
逸らせない。
聞いていたのか。
分かりきっている。
妖精は一礼する。
「……お呼びでしょうか、殿下」
声は、いつも通り。
完璧な距離。
王子の喉が詰まる。
「遊びに決まっている」
自分の声が、耳に残る。
妖精は、何も言わなかった。
その夜も、王子に抱かれた。
唇も、指も、拒まない。
けれど。
前のように、
王子の衣を握りしめることはなかった。
ただ、静かに目を閉じている。
王子の胸が、わずかにざわつく。
「……気に触ったか?」
妖精は目を開ける。
「何を?」
本当に分からない、という顔。
王子は言葉を失う。
「……何でもない」
それ以上、踏み込めない。
妖精の手は、
王子に触れないまま、
布の上で止まっていた。




