王子と妖精②
「このお金で、私の何が欲しいのですか?」
妖精は静かに問う。
「体? それとも心?」
王子は迷わない。
「両方だ」
一瞬。
妖精が、ふっと笑う。
「何がおかしい」
低く問う。
妖精は視線を逸らさない。
「体は、差し出せます」
一歩、近づく。
「でも心は……渡せません」
王子の眉が動く。
机の上に、さらに袋を置く。
重い音。
「これで足りるか」
妖精は金を見ない。
「ですから」
もう一袋。
金貨がこぼれ、机に転がる。
「これでも、揺らがないと?」
静かな部屋。
妖精はゆっくり首を振る。
「揺らぐのは、殿下の方ではありませんか」
沈黙。
王子の指先が、わずかに震える。
「……何が欲しい。言ってみろ」
低い声。
妖精は少し考えるふりをする。
「そうですね……」
視線をまっすぐ向ける。
「殿下の心を、私にください」
空気が止まる。
「……何だと?」
王子の目が揺れる。
次の瞬間。
「無礼者! 帰れ!」
妖精は一礼する。
「はい、殿下」
振り返らない。
扉が閉まる。
残された金だけが、重い。
王子は動けない。
「心をよこせ、だと……」
低く吐き出す。
「娼婦の分際で」
あの目が離れない。
逸らさなかった。
怯えなかった。
「……生意気な」
拳を握る。
帰したくなかった。
それだけが、残る。
ーー
その夜、王子は誰も呼ばなかった。
部屋は静かすぎた。
目を閉じても、眠れない。
「……心をよこせ」
耳の奥で、声が残る。
何度寝返りを打っても消えない。
やっと意識が落ちる。
⸻
夢だった。
白い回廊。
月明かり。
あの妖精が立っている。
「殿下」
呼ばれる。
今度は、逃げない。
王子は歩み寄る。
手首を掴む。
強く。
「心をよこせだと?」
押し倒す。
息が荒い。
妖精は、目を逸らさない。
怯えない。
「殿下は、何が欲しいのですか?」
夢の中なのに、言葉が刺さる。
王子の手が止まる。
あの目の前では、
命じられない。
「……黙れ」
声が掠れる。
妖精は、静かに微笑む。
「心を、ください」
そこで目が覚める。
⸻
王子は荒い息のまま、天井を見上げる。
手は、何も掴んでいない。
静かな寝室。
誰もいない。
「……くそ」
夢の中ですら、
思い通りにならなかった。
翌夜。
王子は迷わなかった。
「……あの妖精を呼べ」
従者が一瞬だけ目を伏せる。
だが何も言わずに去る。
⸻
扉が開く。
妖精はいつも通り跪く。
「お呼びでしょうか」
王子はすぐには答えない。
少しだけ近づく。
「……今夜は」
言葉を探す。
命令ではなく。
「一晩、そばにいろ」
頼むような声だった。
妖精は目を上げる。
驚きが、ほんのわずか。
「……それだけで?」
「ああ」
金も積まない。
触れもしない。
「嫌か」
妖精は小さく首を振る。
「いいえ」
⸻
同じ寝台。
距離は近い。
だが、何も始まらない。
王子は抱き寄せる。
強くない。
奪わない。
「何もするな。ただ、ここにいろ」
妖精は黙る。
静かな夜。
王子の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
抱かれていないのに、
一番、近い。




