王子と妖精
祝宴は終わった。
王宮は静まり返る。
「世継ぎはまだか」
笑い声の奥に混ざる、重い言葉。
王子は頬を緩めたまま、うなずく。
完璧な王子の顔で。
⸻
夜。
王子の寝室は、広すぎる。
隣の棟に妃の部屋がある。
廊下を挟んで。
形式だけの距離。
(……まだか)
声が耳に残る。
「王家の血を」
「妃もお可哀想に」
拳が白くなる。
俺は、種馬か。
息が詰まる。
静まり返った部屋。
窓の外は暗い。
「……従者を」
扉の向こうで足音。
王子は振り向かない。
「妖精を連れて来い」
一拍。
「男の妖精だ」
⸻
最初の夜は、確認だった。
できるかどうか。
それだけ。
妖精は従順だった。
甘い声。
絡む指。
用意された笑み。
王子は抱いた。
問題はなかった。
「また呼ぶ」
金を置く。
終わり。
⸻
二人目。
三人目。
同じだ。
「殿下は素敵です」
「こんな夜は初めて」
嘘だと分かる。
だが楽だ。
夜の間だけ、
すべてが遠のく。
それでも、朝は来る。
いつの間にか囁きが立つ。
「殿下は妖精を好むらしい」
王子は笑う。
どう思われてもいい。
そう思った。
⸻
その夜、現れた妖精は跪かなかった。
「……お呼びと聞きましたが」
声は静か。
王子は顎を上げさせる。
視線がぶつかる。
逸らさない。
媚びない。
「近くへ」
妖精は歩み寄る。
王子のすぐ前で止まる。
近い。
だが、衣は解かない。
「金は払う」
王子が言う。
妖精はゆっくり王子の胸元に指を置く。
軽く、触れる。
それだけ。
「なぜ毎回違う妖精を呼ぶのですか?」
王子の呼吸がわずかに乱れる。
「本気になるのが怖い?」
「お前は言われた通りにすればいい」
低い声。
いつもの王子の顔。
妖精は目を細める。
怒らない。
怯えない。
「それなら」
一歩、近づく。
「人形を相手にしたらいいのではないですか?」
沈黙。
王子の指が止まる。
「……何だと」
「望まれた通りに動くものが、お好きなのでしょう」
喉が鳴る。
息が浅くなる。
何も言えない。
妖精は言う。
「私は、人形ではありません」
それだけ。
王子の手が、ゆっくり下りる。
命じればいい。
怒ればいい。
できない。
「……帰れ」
掠れた声。
妖精は一礼する。
「はい、殿下」
扉が閉まる。
広すぎる部屋。
静まり返った夜。
王子は動かない。
拳だけが、震えていた。
ーー
その夜。
「妖精を」
短く命じる。
来たのは、いつものように従順な妖精。
跪き、微笑み、衣を解く。
「お望みの通りに」
王子は抱き寄せる。
従う。
応える。
乱れない。
問題はない。
思い通りだ。
――それでいい。
それなのに。
触れた指が、ふと止まる。
私は、人形ではありません。
声が、消えない。
妖精が甘く囁く。
「どうかなさいましたか」
王子は強く引き寄せる。
「続けろ」
低い声。
目を閉じる。
考えるな。
目の前にいるのは、従う妖精だ。
問題はない。
夜が終わる。
「また呼ぶ」
いつも通り。
扉が閉まる。
静まり返った部屋。
王子は窓辺に立つ。
拳を握る。
(……あれで娼婦か)
思い通りにならない。
媚びない。
逃げない。
気にするな。
そう思うほど、
消えない。




