旅人と妖精⑬
旅人が驚く。
妖精は立っている。
息が上がっている。
でも、泣いていない。
「来たのか」
それだけ。
前みたいに抱きつかない。
距離がある。
でも離れない。
旅人が優しく触れる。
その瞬間。
胸が、ぎゅっと締まる。
逃げたい。
でも、離れたくない。
あの夜は、温かかった。
今は、痛い。
――欲しい。
旅人は普通に接する。
水を渡す。
怪我を気にする。
でも、触れない。
あの夜みたいには。
妖精の胸がざわつく。
優しい。
でも。
優しすぎる。
「……あの夜のこと、後悔してる?」
ぽつり。
旅人が目を上げる。
「してない」
即答。
それだけ。
続かない。
沈黙。
妖精は笑おうとして、失敗する。
「そっか」
指先が、わずかに震える。
距離は近い。
でも、遠い。
村の井戸端。
女たちが笑っている。
「旅人さん、次の村も一緒に来てくれない?」
「力仕事、助かったわ」
軽い笑い。
距離が近い。
旅人は困ったように笑う。
それだけ。
妖精の胸が、ぎゅっとなる。
触れていない。
笑っているだけ。
自分のときは、近づかなかったのに。
喉が乾く。
視線を逸らす。
「お兄さん、モテるね」
平気な声。
旅人は首を傾げる。
「そうか?」
その顔が、刺さる。
夕暮れ。
焚き火の前。
妖精が、いつもより距離を詰める。
膝が触れる。
わざと。
旅人は気づく。
「寒いのか?」
「別に」
肩に指を這わせる。
昔のやり方。
視線を上げる。
少しだけ、唇を噛む。
「ねぇ」
旅人が眉を寄せる。
「……今日のお前、変だぞ」
その一言で、胸が落ちる。
変。
魅力的、じゃない。
欲しい、でもない。
変。
妖精は笑う。
軽い、慣れた笑い。
「前は、僕のこと見てたのに」
旅人が黙る。
妖精が続ける。
「エロい目で」
空気が止まる。
「僕に……飽きた?」
言ってしまった。
言いたくなかったのに。
旅人の目が、揺れる。
「違う」
即答。
でも、そのあとが出ない。
触れない。
抱き寄せない。
その沈黙が、一番怖い。
「お兄さんは、僕のことどう思ってる?」
旅人が目を上げる。
「どうって……」
言葉が止まる。
焚き火の音だけがする。
沈黙。
妖精が笑う。
軽く。
「やっぱり、ただの妖精?」
旅人の眉が動く。
「それは違う」
即答。
でも、それ以上が出ない。
「じゃあ何」
詰める声じゃない。
でも逃がさない。
旅人は視線を逸らす。
答えられない。
妖精の胸が冷える。
「……もう、いい」
妖精が背を向ける。
一歩、離れる。
その瞬間。
旅人の手が、わずかに伸びる。
届かない。
呼べない。
夜風だけが吹く。




