旅人と妖精⑦
階段を駆け上がる。
扉の前で、足が止まる。
中から笑い声。
一人じゃない。
男の声が重なる。
「こっち来いよ」
「順番だろ」
軽い、遊びの声。
妖精の声は、聞こえない。
旅人の指が、扉にかかる。
妖精が客と寝るのは、この村では当たり前だ。
金で終わる。
それは分かっている。
でも。
複数の笑い声。
値段のない扱い。
消費というより、処理だ。
それだけは。
見過ごせなかった。
旅人は、扉を押す。
笑い声が重なっている。
一人じゃない。
妖精はベッドの端に座らされている。
男が背後から肩を掴む。
もう一人が顎を上げる。
軽い声。
値段の話。
「まとめてでいいだろ」
冗談のように言う。
妖精は笑っている。
でも、返事をする隙がない。
手が乱暴だ。
扱いが雑だ。
まるで順番待ちの品物。
旅人の視界が、狭くなる。
それは分かっている。
だが。
無遠慮な手つき。
配慮のない笑い。
そこに“人”がいない。
「触るな!」
部屋が凍る。
自分でも驚くほどの声。
男たちが立ち上がる。
男の一人が笑う。
「何だよ、独り占めか?」
違う。
嫉妬じゃない。
それだけは、違う。
「物じゃないだろ」
言葉が落ちる。
妖精の目が、揺れる。
旅人の怒鳴り声に、男たちは顔をしかめた。
「なんだよ、白けたな」
「面倒くせえ」
舌打ち。
肩をすくめる。
「今日はやめだ」
笑いながら出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
部屋に、二人きり。
妖精は、ゆっくり立ち上がる。
肩に残った手の跡を払う。
そして――
「やめてよ!!」
声が、弾ける。
旅人が息を呑む。
「なんで怒鳴るの!」
「帰ってくれたんだぞ」
「だから何!」
妖精の目が潤んでいる。
でも涙は落ちない。
「稼ぎがなきゃ、ご主人様に何言われるか……」
声が震える。
怒りなのか、悔しさなのか分からない。
「金なら俺が出す」
「いい加減にして!」
旅人が差し出した手を振り払った。
「助けたつもり?」
「勝手に線引いて、勝手に怒って!」
「資格ないくせに!」
昨日の言葉が刺さる。
旅人は言い返せない。
「乱暴でもいいんだよ!」
妖精の声がひび割れる。
「人間に好き勝手使われて」
「終われば、金になる!」
「僕はそういう存在なんだ」
静寂。
旅人の拳が震える。
妖精の呼吸が荒い。
怒っている。
でも。
怖がっている。
「物じゃないだろ」
旅人が低く言う。
「やめて」
即答。
「それやめて」
妖精の目が揺れる。
「もう、やめて……」
声が細くなる。
次の瞬間。
ぽたり。
床に落ちる。
妖精は気づいていない。
自分が泣いていることに。
瞬きが遅れる。
視界が歪む。
「あ……」
指で触れる。
濡れている。
「あんたのせいだ」
静かな声。
でも震えている。
「あんたが変なこと言うから」
「物でいられなくなった」
旅人が息を止める。
「今までは、平気だったのに」
「使われて、終わって、それでよかったのに」
涙が止まらない。
「なんで」
声が崩れる。
「なんで、僕を人みたいに見るんだよ」
旅人を睨む。
涙で滲んだ目。
怒りなのか、哀しみなのか分からない。
「帰って」
低い声。
「帰ってよ!!」
旅人は、しばらく動けなかった。
何か言いかけて、やめる。
ゆっくりと扉へ向かう。
手をかける。
背中に、嗚咽が落ちる。
振り返らない。
扉が閉まる。
階段を下りる。
酒場の灯りが眩しい。
外に出る。
夜風が冷たい。
足が止まる。
それでも、戻らない。
「……」
小さく息を吐く。
歩き出す。




