旅人と妖精② 檻のない檻
森を抜けて、旅人がたどり着いたのは小さな村だった。
入口には石造りの門。
中には灯りがいくつも揺れている。
近づくと、違和感に気づく。
人間の隣に、妖精が立っている。
首輪をつけた者。
手首に細い鎖を巻かれた者。
何もつけていないが、明らかに従っている者。
「共存の村へようこそ」
門番が笑う。
共存。
その言葉が、妙に軽い。
村の中央には大きな屋敷が並んでいた。
門の横に立つ妖精。
庭の手入れをする妖精。
窓辺で客を迎える妖精。
どの屋敷にも、必ずいる。
いない家の前では、
通りすがりが足を止めない。
夜になると、灯りは酒場に集まる。
旅人も、流れに任せて扉を開けた。
中は騒がしい。
酒と笑い声と、甘い匂い。
その奥で。
見覚えのある影が、グラスを持っていた。
昼間の少年だ。
薄い布の衣装。
鎖はない。
だが、自由でもない。
男の膝に手を置き、酒を注いでいる。
視線が合った。
一瞬だけ。
驚きはない。
ただ、わずかに目が細くなる。
「おい、こっちも」
別の男が呼ぶ。
少年は笑う。
あの、昼間の軽い笑顔。
「はーい」
手際よく、酒を注ぐ。
肩に触れられても、表情は変わらない。
旅人の胸がざわつく。
昼間より、距離が遠い。
あの森よりも。
少年は、男の耳元に顔を寄せる。
笑い声が上がる。
合わせて、同じ角度で笑う。
――慣れてる。
昼の言葉が蘇る。
一度だけ、少年の視線がまたこちらをかすめる。
ほんの一瞬。
その目の奥に、わずかな揺れがあった。
次の瞬間、消える。
酒場の灯りが揺れる。
誰かが言った。
「その妖精、高かったんだぞ」
別の男が笑う。
「夜は別料金だろ?」
少年は、また笑う。
完璧な、作り物の笑顔。
旅人は立ち尽くす。
ここは檻じゃない。
鎖もない。
それでも。
あれが、帰る場所。
酒場のざわめきの中、少年の声が聞こえた。
「迷ってるの?」
昼と同じ言葉。
けれど、意味は違う。




