旅人と妖精① 帰る場所
森で道に迷ったのは、日が落ちかけてからだった。
同じ場所をぐるぐる回っている気がして、立ち止まる。
鳥の声も、風の音も、急に遠くなった気がした。
(やばいな……)
地図はあるが、道が分からない。
引き返そうにも、どこから来たのかも曖昧だった。
そのとき、後ろから声がした。
「迷ってるの?」
振り向くと、少年が立っていた。
年は十代半ばくらいに見えるが、耳が少し尖っている。
光の加減か、体の輪郭がぼんやり透けて見えた。
「……妖精?」
少年は肩をすくめる。
「そう。で、出口どっちか分からないんでしょ」
図星だった。
「案内してやるよ」
そう言って、くるりと背を向けて歩き出す。
半信半疑のままついていく。
足取りは軽く、森の中を迷いなく進んでいく。
途中、振り向いて笑った。
「人間って、すぐ迷うよね」
「悪かったな」
「悪いとは言ってないよ」
どこか楽しそうだった。
しばらく歩くと、木々の間から街道が見えてきた。
助かった、と息を吐く。
「ここ出れば、もう迷わないよ」
少年はそれだけ言う。
別れ際、ふと聞く。
「お前、ずっとこの森にいるのか?」
少年は少しだけ考えてから答えた。
「まあ、そんなとこ」
そのとき。
後ろから声がした。
「おい」
低い声。
立派な服を着た男が立っていた。
少年の腕を、当然のように掴む。
「何してる。勝手にうろつくな」
少し強い。
少年は一瞬だけ顔をしかめる。
だが、すぐ笑う。
「ごめんなさい」
明るい声。
叱られた子どもみたいに。
男が手を離しかけた瞬間、
少年の指が、無意識に男の腕に絡む。
慣れた動きだった。
甘えるように。
縋るように。
「ちゃんと戻るから」
旅人の方は見ない。
男は鼻で笑う。
「分かってるならいい」
その言葉で、少年の肩から力が抜ける。
安心した顔。
それが、一番苦しかった。
旅人の視線を感じたのか、
男がゆっくりとこちらを見る。
口元だけが笑う。
「飼ってるんですよ」
軽い口調。
わざとらしいほど。
「夜の相手もするし、客にも使える。妖精は長持ちしますから」
言いながら、華奢な腰に腕を回す。
少年は、笑ったままだった。
「じゃあね。もう迷わないでね」
当たり前のように、男に寄り添う。
自分から。
止める理由も、資格もない。
旅人は何も言えなかった。
やがて森に飲まれる背中。
街道へ出ても、胸の奥がざわつく。
あいつ。
あれが、帰る場所だったのか?




