旅人と妖精⑤ いくらだ
昨夜と同じように、妖精は村の通りに立っていた。
灯りの下で、軽い声を落とす。
「お兄さん、どう? 安くしとくよ」
旅人は立ち止まる。
昨日も聞いた声。
同じ調子。
同じ笑顔。
胸の奥が、わずかに軋む。
「……いくらだ」
妖精の目が、ほんの一瞬だけ揺れる。
すぐに、いつもの顔。
「五千円でいいよ」
安すぎる。
それとも、妥当なのか。
分からない。
旅人は懐から金を出す。
迷いなく、渡す。
妖精は受け取る。
「ありがと」
軽い声。
仕事の声。
「……来い」
「はーい」
腕が絡む。
昨日、別の男に向けていたのと同じ仕草。
同じ距離。
同じ温度。
それでも。
今日は、自分だ。
酒場の灯りが近づく。
ざわめき。
笑い声。
扉を押す。
妖精は自然に隣へ座る。
酒を注ぐ。
「今日は静かだね」
「……そうか」
グラスを持つ。
喉が渇いている。
一気に流し込む。
胸の奥が熱い。
俺も、アイツらと一緒じゃないか。
金を払って、
呼んで、
隣に座らせている。
違う。
何が。
違わない。
グラスを置く。
妖精の指先が、旅人の手に触れる。
「上、行く?」
いつもの言葉。
いつもの流れ。
旅人は答えない。
ただ、妖精の横顔を見る。
笑っている。
でも目は、何も求めていない。
仕事の顔。
それが、妙に腹立たしい。
「……まだだ」
「まだ?」
妖精が首を傾げる。
「時間は買ってくれたでしょ」
正しい。
五千円。
それで、この時間。
旅人は視線を落とす。
買った。
確かに買った。
それなのに。
胸の奥が、昨日よりもざわついている。
――同じはずなのに。
違う。
違ってほしい。
それが一番、怖い。
酒が回る。
頬が少し熱い。
妖精が笑いながら身を乗り出す。
襟元が、わずかに開く。
白い肌。
細い鎖骨。
視線が、勝手に落ちる。
一瞬だけ。
胸の奥がざわつく。
喉が鳴る。
――触れたい。
その衝動に、自分で驚く。
何を考えている。
グラスを強く握る。
違うだろ。
そういうつもりで来たんじゃない。
いや、来たのか?
五千円払った。
買った。
それなのに、
「俺はアイツらとは違う」と思っている。
笑える。
妖精は何も知らない顔で酒を注ぐ。
仕事の顔。
慣れた距離。
その距離に、さっきの衝動が混じる。
嫌悪が、胸を刺す。
何考えてるんだ、俺は。
抱きたいのか。
救いたいのか。
所有したいのか。
分からない。
分からないまま、また酒を飲む。




