同僚と妖精⑨
「……は?」
男の声が低く落ちる。
「お前は……妖精、興味ないもんな」
声が震える。
自分でも止められない。
「そーいうの、興味ないっすから」
あのときの言葉が蘇る。
だから妖精のいる店も行かなかった。
妖精自体、興味がない。
そういうことだ。
胸が、冷える。
「何言ってんの?」
本気で分からない顔。
それが、余計に痛い。
「……悪かった」
何が悪いのかも分からないまま、言う。
踵を返す。
逃げなければ。
「待てって」
強い力ではない。
だが、確かに手首を掴まれる。
初めて、触れられた。
心臓が止まりそうになる。
「どうしたんだよ」
真面目な声。
軽さがない。
妖精は顔を上げない。
視界がにじむ。
見られたくない。
この顔を。
震えているのを。
欲しがっているのを。
手首に残る熱が、やけに熱い。
視界が滲む。
止めるつもりだった。
見せるつもりはなかった。
なのに。
ぽたり、と落ちた。
男の指が、止まる。
「……おい」
低い声。
次の瞬間。
ぐい、と腕を引かれる。
胸にぶつかる。
固い。
温かい。
抱きしめられていると理解するまで、数秒かかった。
心臓が、跳ねる。
触れられている。
強くはない。
けれど、確かに包まれている。
男の呼吸が、耳元に近い。
「……っ」
腕に、わずかに力が入る。
その一瞬。
はっとしたように、男が息を呑む。
腕が、緩む。
すぐに、離れる。
「悪い……」
短く言って、男は手を離した。
一瞬だけ、目が揺れる。
何かを言いかけて、やめる。
次の瞬間。
背を向けた。
「……!」
妖精が呼ぶ前に、走り去る。
足音が遠ざかる。
追えない。
体が、動かない。
抱きしめられた感触だけが、残っている。
温かかった。
確かに。
なのに。
離された。
拒まれたのか。
守られたのか。
分からない。
妖精はその場に立ち尽くす。
ぼう然と。
胸が、空洞みたいに軽い。
次の日。
男は普通に挨拶しない。
視線を合わせない。
仕事の指示も、最低限。
近づかない。
触れない。
あの日の衝動が、嘘みたいに。
距離ができる。
妖精の胸が、ぎゅっと締まる。
近づかれれば苦しかった。
今は、離れられて苦しい。
どうして。
どうして逃げる。
あんな顔をしておいて。
触れておいて。
抱きしめておいて。
妖精は、拳を握る。
――俺から触れようとしたからか。
――嫌だったのか。
答えはない。
ただ、距離だけができる。




