同僚と妖精⑧ 触れてほしい
「俺の今一番大事なものは家族」
軽い口調だった。
だが、嘘ではない。
妹と手を繋いでいた後ろ姿を思い出す。
買い物袋を持ち替える仕草。
小さな手を、自然に握る指。
あれは本心だろうな、と妖精は思う。
気づけば、考えている。
作業中も、夜も、ふとした瞬間も。
アイツは今、何をしているのか。
誰と話しているのか。
何を思っているのか。
鏡を見る。
白い肌。整った目元。
「綺麗な顔してんもんな、お前」
あの声が蘇る。
綺麗だと言われることには、慣れている。
そのあとに続くものも。
近づく手。
甘い声。
軽い約束。
そして、消える。
簡単に抱いてくる人間しか、いなかった。
それが普通だった。
価値は、体にあった。
なのに。
アイツは、触れてさえ、こない。
距離を詰めるくせに。
視線は真っ直ぐなくせに。
触れない。
妖精は、はっとする。
胸の奥が、熱くなる。
触れてほしいのか。
自分は。
アイツに。
触れてほしいのか?
息が浅くなる。
それは、危険だ。
それは、終わりの始まりだ。
分かっているのに。
鏡の中の自分が、少しだけ、知らない顔をしていた。
ーー
次の日。
作業場の隅。
男が荷を持ち上げようとしている。
背中が近い。
手を伸ばせば、届く距離。
触れない。
なのに。
妖精の指が、わずかに動く。
触れてみたい。
その肩に。
その腕に。
確かめたい。
本当に、拒まれるのか。
拒まれないのか。
指先が、布地すれすれで止まる。
「……何?」
男の声。
いつもの軽さがない。
低い。
真面目な声音。
妖精の心臓が跳ねる。
びくりと手を引く。
「何でもない」
「嘘」
振り返る。
視線が、真っ直ぐぶつかる。
逃げられない距離。
「俺に触ろうとしたよな?」
責める声ではない。
確かめる声。
妖精の喉が詰まる。
怖い。
どうして、そんな顔をする。
さっきまで軽かったくせに。
「……」
言葉が出ない。
男は少しだけ目を細める。
「そんなビビんなよ」
ため息混じりに言う。
「びっくりしただけだから」
軽く笑おうとする。
だが、目は笑っていない。
怒らせた。
呆れられた。
そう思った瞬間、胸が締めつけられる。
体を求めてくるヤツの方が、まだよかった。
欲しがって、抱いて、飽きたら捨てる。
わかりやすい。
触れない方が、よっぽど苦しい。
喉の奥が、ひりつく。
「……俺に触られるのが、そんなに嫌なのか?」
気づけば、口に出ていた。




