同僚と妖精④ 名のつかない感情
屋台の灯りが、夕暮れに滲む。
「兄ちゃん、これ欲しい」
妹が指差したのは、色とりどりのビーズのブレスレット。
安物だ。
けれど、光を受けてきらきらしている。
「買ってー。ねえ、買ってー」
男は袋を持ち直し、眉を寄せる。
「それ、すぐ切れるぞ」
「いいもん」
「……はあ」
財布を開く。
少し迷う。
硬貨を数える。
「母さんには内緒だぞ」
「うん!」
妹の顔がぱっと明るくなる。
男は妹の細い手首にブレスレットを通す。
「気に入ったか?」
妹が腕を振る。
「うん!」
男は笑う。
昼間の軽口とは違う、穏やかな顔。
妹の小さな手を自然に握る。
強くもなく、緩くもなく。
並んで歩き出す。
背中が遠ざかる。
妖精はその場に立ち尽くす。
封筒を握る手から、力が抜ける。
怒鳴るつもりだった。
問い詰めるつもりだった。
なのに。
胸の奥にあった怒りは、
いつの間にか、形を失っている。
代わりに残ったのは、
名のつかない感情。
人間なんて、嫌いだ。
そう思っていたはずなのに。
踵を返す。
足取りは、来たときより静かだった。
封筒の重みだけが、まだ掌にある。
ーー
翌朝。
妖精は、男のいる場所を避けた。
視界に入れない。
声を聞かない。
作業も、できるだけ別の組に回る。
理由は分からない。
怒っているわけではない。
嫌いなはずだ。
軽薄で、距離が近くて、
信用ならない人間だ。
なのに。
昨日の笑顔が、頭から離れない。
妹の手を握るあの指先。
硬貨を数えるときの、わずかな迷い。
穏やかな横顔。
あれを見た瞬間、何かが崩れた。
だから、避ける。
近づけば、壊れる。
自分の中の何かが。
これ以上、踏み込まれたら危険だ。
そう、本能が告げている。
ーー
昼。
妖精は一人でパンを齧っている。
味はしない。
ただ、水よりはましだ。
足音が止まる。
「……今日は飯食ってんだな」
振り向かない。
「食う」
短い。
「そりゃよかった」
それだけ。
去っていく足音。
胸の奥が、少しだけ熱い。
怒りではない。
困惑でもない。
――見られていた。
昨日も。
今日も。




