同僚と妖精③ 分からない男
「……ちゃんと見ろよ」
意味が分からなかった。
何をだ。
水は見ている。
金は払った。
借りはない。
それで終わりのはずだ。
男はそれ以上何も言わず、仕事に戻った。
妖精はその背を睨む。
腹の奥が、空腹とは別の熱でざわつく。
何を見ろという。
言いたいことがあるなら言え。
軽いくせに、肝心なところで濁す。
人間はいつもそうだ。
夜。
作業場が静まり返る。
妖精は一人で荷を片付け、
ようやくロッカーに向かう。
金はない。
今日も水だけだ。
扉を開ける。
制服を掛けようとして、手が止まる。
封筒がある。
見覚えのある、封。
昨日、渡したはずの。
ゆっくりと手に取る。
重い。
中身を確かめる。
そのままだ。
一文も減っていない。
喉の奥が熱くなる。
――何のつもりだ。
ならなぜ、ぶん取った。
なぜ、笑った。
なぜ、金だと言った。
封筒を強く握る。
「ふざけるな」
静かなロッカー室に、声が落ちる。
からかわれた。
試された。
弄ばれた。
そうでなければ、説明がつかない。
ロッカーの扉を乱暴に閉めた。
だが、男はもう帰っている。
怒鳴る相手もいない。
封筒の重みだけが、掌に残る。
妖精は歯を食いしばる。
人間なんて、嫌いだ。
なのに。
どうして胸が、こんなに苦しい。
ーー
気づけば、走っていた。
封筒を握ったまま。
説明を求めるためだ。
怒鳴るためだ。
からかわれたのなら、文句を言ってやる。
門を抜け、通りに出る。
まだ遠くないはずだ。
やがて見つける。
男の背中。
その隣に、小さな影。
妹だ。
買い物袋を抱えている。
「重いだろ。俺持つ」
男は袋を取り、片手で軽々と持つ。
「兄ちゃん、今日遅いね」
「仕事だよ」
声が柔らかい。
昼間の軽口とは違う。
肩も叩かない。
無遠慮に触れない。
ただ、歩幅を合わせている。
穏やかな笑顔。
まるで、別人だ。
妖精は立ち止まる。
封筒を握る指が緩む。
何のつもりだ。
ぶん取って、
笑って、
――戻す。
怒るべきだ。
なのに。
あの横顔を見ていると、
言葉が失われる。
分からない。
男が、ますます分からなくなる。
妹が何か言って笑う。
男も笑う。
その笑顔は、嘘ではない。
胸の奥が、妙にざわつく。
妖精は一歩、距離を詰める。
気づかれないように。
つけるつもりなどなかった。
なのに、足が止まらない。
嫌いなはずだ。
関わりたくないはず
それなのに。
男の背を、目で追っている。




