第44話 戦線と、名もない兵
翌日。
まだ身体は重い。
だが、寝てるわけにもいかない。
「集合だ」
ロイに呼ばれて外に出る。
冷たい空気。
乾いた地面。
もう雪はない。
ここは完全に、連合領だ。
***
広場には、何百人もの兵が集められていた。
装備はバラバラ。
統一感はない。
だが――全員、殺気だけは揃っている。
「新入りか」
誰かが呟く。
視線が集まる。
気にしない。
その前に、一人の男が立つ。
軍服。
年は四十前後か。
「説明は一度だけだ」
声が通る。
「ここは北部戦線」
地面に棒で線を引く。
「連合は現在、四つの戦線に分かれている」
線が四つ。
「中央主戦線」
一拍。
空気が変わる。
「ここが戦争の核だ」
さらに外側に線を引く。
「そして外縁に三つ」
「西部戦略線」
「南部殲滅線」
「北部防衛線――ここだ」
男が地面を軽く叩く。
「中央主戦線には、連合の“主戦力”が集まっている」
ロイが小さく呟く。
「……ゼファートだな」
男が頷く。
「元レジェンド級冒険者――ゼファート」
ざわめきが起きる。
「王国第一騎士団長と正面でやり合える、唯一の戦力だ」
リィナが小さく息を吐く。
「化け物じゃん」
「事実だ」
男は続ける。
「中央は、まだ崩れていない」
空気が重くなる。
「だからこそ外縁で削る」
「西は削る」
「南は消す」
「北は耐える」
一拍。
「お前らは、そのための兵だ」
俺は聞く。
「つまり、捨て駒か」
男がこっちを見る。
「違う」
一拍。
「“まだ駒にすらなっていない”」
はっきり言い切る。
「だから歩兵からだ」
「お前らは、中央に呼ばれるように武功を上げろ」
「そこで死んで、初めて“数に入る”」
納得はできる。
だから余計に気に入らない。
「以上だ」
それだけ言って男は去る。
雑に終わった。
「説明短っ」
リィナがぼやく。
「十分だろ」
ロイが肩をすくめる。
「要は“死んでこい”ってことだ」
***
その後。
簡単な隊分けが行われた。
「お前ら、こっちだ」
呼ばれる。
十人ほどの小隊。
その前に立っていたのは――
若い男だった。
同い年くらいか。
少し焼けた肌。
まっすぐな目。
「隊長のカイルだ」
軽く手を上げる。
「よろしく」
妙に爽やかだった。
場違いなくらいに。
「自己紹介だけしとくか」
軽く笑う。
「どうせ命預けるんだ」
リィナが小さく言う。
「軽いね」
「重く考えても死ぬときは死ぬ」
カイルはあっさり言った。
「なら軽い方がマシだろ」
ロイが笑う。
「嫌いじゃねぇな」
「だろ?」
淡々とリィナが言う。
「うちは、リィナ。弓使う」
そして。
カイルの目がリィナに止まる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ――空気が変わった。
「あー……」
頭を掻く。
「先に言っとく」
真っ直ぐ言った。
「リィナさん」
「俺、あんたに一目惚れした」
沈黙。
一瞬で凍る。
「は?」
リィナが言う。
「キモ」
即答だった。
「近づくな」
「ひでぇな!」
カイルが笑う。
まったく堪えていない。
「でも諦めない」
「もっとキモい」
「知ってる」
堂々としていた。
ロイが腹を抱える。
「お前すげぇな!」
「ありがとう!」
セラが小さく笑う。
ほんの少しだけ。
さっきまでの空気が、少しだけ緩む。
カイルが俺を見る。
「で、お前は?」
「ガルド」
それだけ言う。
「よろしくな、ガルド」
軽い調子。
だが――目はしっかりしている。
「俺は死なねぇ」
そう言った。
笑いながら。
「いや、誰も死なせない」
根拠はない。
でも。
嘘でもない。
そんな目だった。
俺は少しだけ目を細める。
(……変な奴だ)
悪くない。
カイルが視線を横に動かす。
「で、そっちは?」
セラを見る。
俺が一歩前に出る。
「前には出さねぇ」
短く言う。
空気が少しだけ変わる。
カイルは一瞬だけ目を細めて――
すぐに笑った。
「了解」
あっさり引いた。
「戦場では後方だな」
「衛生兵やってもらう」
「衛生兵って何?」
セラが聞く。
「怪我した奴の手当てだ」
「戦場で一番大事な役だぞ」
軽い口調だが、嘘じゃない。
「これから訓練と医療、両方覚えてもらう」
セラが小さく頷いた。
***
数日後。
訓練が始まる。
走る。
斬る。
守る。
単純だが、きつい。
「遅ぇ!」
カイルが叫ぶ。
「それじゃ死ぬぞ!」
「うるせぇ!」
ロイが返す。
リィナは無言で矢を放つ。
セラは後方で動きを見ている。
俺は――
「チッ……」
まだ、本調子じゃない。
だが。
止まる理由もない。
「ガルド!」
カイルが笑う。
「いい動きだ!」
「まだだ」
「十分だろ!」
軽い。
だが、悪くない。
「ガルド!」
「なんだ?」
「自己流で死ぬなよ」
「戦場じゃ、それが一番早く死ぬ」
「……言いたいことは分かるが」
俺は剣を軽く振る。
「型にハマる気はねぇ」
カイルは笑った。
「ハメる気もないさ」
一歩、近づいてくる。
「教えるのは一個だけだ」
地面を軽く蹴る。
「“踏み”だ」
「踏み?」
「一歩目」
カイルが構える。
無駄のない姿勢。
「お前の動き、速いし重い」
「でも全部、“出し切り”なんだよ」
「だから止まる」
図星だった。
言い返さない。
「戦場で止まるってのは――」
一瞬で距離を詰めてきた。
――近い。
「死ぬってことだ」
木剣が首元で止まる。
見えなかった。
「……チッ」
「今のがそれだ」
カイルが下がる。
「踏み込みが深すぎる」
「一歩で終わらせようとするな」
「二歩でいい」
「一歩目は“届かない距離”で止めろ」
「二歩目で殺せ」
俺は構える。
「やってみろ」
言われた通り踏み込む。
一歩。
止める。
――浅い。
距離が足りない。
その瞬間。
カイルが動く。
「ほら来るぞ」
「っ!」
反応する。
踏み込まれる前に――
二歩目。
踏み込む。
地面が近い。
剣を振る。
――ズン。
空気が鳴る。
カイルが半歩引く。
「今のだ」
軽く笑う。
「止まってないだろ」
呼吸が少しだけ乱れる。
だが。
「……悪くねぇ」
正直に言う。
「だろ?」
カイルは肩をすくめる。
「一歩で殺そうとするな」
「二歩で“外しても殺せる形”を作れ」
ロイが横から言う。
「地味だな」
「地味でいいんだよ」
カイルが笑う。
「派手なやつから死ぬ」
リィナが小さく呟く。
「納得」
セラがじっと見ている。
俺はもう一度踏み込む。
一歩。
止める。
間。
二歩目。
――速い。
(……繋がるな)
今までと違う。
止まらない。
切れてない。
「それでいい」
カイルの声。
「戦場は連続だ」
「一撃で終わることなんて、ない」
空を見る。
遠く。
まだ見えない戦場。
「……覚えた」
「忘れんなよ」
カイルが笑う。
「それ、お前の命だ」
俺は剣を握り直す。
たった二歩。
だが――
生き残る形だ。
戦場で使うための。
技だ。
――そのはずだった。
空を見上げる。
遠く。
見えない場所に。
中央主戦線がある。
第一騎士団長がいる。
そして。
王国がいる。
「……近いな」
戦争は、もうすぐそこだ。
逃げ場はない。
もう、
選ばされてる。
俺は剣を握る。
今度は――
戦うために。




