第43話 檻と、条件付きの自由
目が覚めてから、半日。
身体は重い。
だが――動ける。
「来い」
ロイが言った。
「上が呼んでる」
面倒だな。
そう思いながら、俺は立ち上がった。
***
部屋は簡素だった。
机と椅子。
それだけ。
そこに一人。
白髪の男。
ロイが、小さく息を吐く。
「……ヴァルディス」
「ここの連合戦略統括官だ」
座っているだけで、
空気が重い。
「来たか」
短い声。
「座れ」
命令だった。
拒否という選択肢が、
最初から存在しない声。
ロイが従う。
リィナは壁にもたれる。
セラは――一歩下がった。
「単刀直入に言う」
ヴァルディスは言った。
「その少女は管理下に置く」
セラの肩が揺れる。
「拒否権はない」
沈黙。
ロイが口を開く。
「……どういう扱いだ」
ヴァルディスはわずかに間を置いた。
「確認する」
視線がセラへ向く。
「お前たちの言う“祈り”は、
使えば必ず結果が出るな」
セラは迷いながらも頷いた。
「……うん」
「その結果には代償がある」
今度は俺を見る。
「ああ」
ヴァルディスは頷く。
「同じだな」
「祈り人は、前にもいた」
ほんの一瞬だけ、ヴァルディスの視線が止まった。
「……だから分かる」
一拍。
「それは力ではない」
静かに言い切る。
「呪いだ」
空気が止まる。
「結果を先に確定させる代わりに、
帳尻を後から回収する」
「しかもその回収は――止められない」
リィナが小さく吐き捨てる。
「最悪じゃん」
「その通りだ」
ヴァルディスは即答した。
「だから管理する」
「制御ではない。“管理”だ」
セラが小さく言う。
「……檻、ってこと?」
「そう呼びたければ呼べ」
ヴァルディスは否定しなかった。
「だが閉じ込めはしない」
ロイが眉を上げる。
「じゃあどうする」
「条件を出す」
空気が張る。
「戦果を上げろ」
「敵を殺せ」
「証明しろ」
「その対価として、自由を段階的に許可する」
リィナが笑う。
「……取引ね」
「そうだ」
ヴァルディスは頷く。
「我々の目的は一つ」
「王国に勝つこと」
「そのために必要なら使う」
「だが――依存はしない」
「勝てばいい」
沈黙。
そこで。
「……ふざけんな」
空気が凍る。
ロイが横を見る。
俺は視線を逸らさずに言った。
「俺は誰の下にも付く気はねぇ」
ヴァルディスの目が細くなる。
「殺し合いこそ、テメーらで勝手にやってろ」
リィナが息を呑む。
セラが顔を上げる。
ロイが立ち上がる。
「ガルド!」
強く言う。
「気持ちはわかる」
一歩踏み出す。
「でもな」
低く、現実を叩きつける。
「この世界には“連合”か“王国”しかねぇ」
「どっちにも付かねぇってのは――」
一瞬だけ言葉を切る。
「両方敵に回すってことだ」
沈黙。
「それがどうなるか分かるだろ」
俺は黙る。
ロイが続ける。
「逃げ場はねぇ」
「もう山にも戻れねぇ」
「セラは“狙われる側”だ」
セラの肩が小さく震えた。
ロイは息を吐く。
「俺たちが選んでるんじゃねぇ」
「選ばされてるんだよ」
静かに言う。
「生きるために」
長い沈黙。
ヴァルディスは何も言わない。
ただ見ている。
試すように。
俺はゆっくり息を吐いた。
「……クソ」
吐き捨てる。
「気に入らねぇ」
「だが――」
一歩、前に出る。
「セラを勝手に使われるのはもっと気に入らねぇ」
ヴァルディスを睨む。
「檻にするなら」
「その鎖は俺が握る」
空気が張る。
「帳尻を止めるのは俺だ」
一拍。
「足りねぇ分は、俺が埋める」
ロイが息を吐く。
リィナは黙ったまま。
セラだけが、まっすぐこちらを見る。
「俺が使う側に回る」
「守るってのは、そういうことだ」
静寂。
ヴァルディスはしばらく俺を見て――
やがて、わずかに口角を上げた。
「いいだろう」
「条件付きで認める」
「契約だ」
「破れば、即座に回収する」
「ああ」
短く答える。
それで十分だった。
ヴァルディスは立ち上がる。
「準備しろ」
「お前たちは歩兵からだ」
「強さと戦は別物だ」
正しい。
「一つだけ言っておく」
振り返らずに言う。
「安心しろ」
ほんの一瞬の間。
「王国のように壊すつもりはない」
そして。
「全員、“使い切る”だけだ」
「それが、戦争だ」
扉が閉まる。
沈黙。
リィナがため息をつく。
「……ほんと地獄」
ロイが笑う。
「選択肢がねぇな」
セラは、俺を見る。
「……ガルド」
「なんだ」
「私……怖い」
正直な声だった。
だから俺は言う。
「迷うな」
「使うか、やめるかはお前が決めろ」
「決めたなら、最後までやれ」
セラが頷く。
震えてる。
でも逃げてない。
それでいい。
俺は扉に向かう。
「行くしかねぇ」
戦場が待っている。
今度は逃げるためじゃない。
勝つための戦いだ。
俺たちは歩き出した。
誰も、戻れないまま。
――帳尻を背負って。




