星のきらめきを追って
ティシェとトールの間を、きらめきが過ぎ去った。
星のきらめきにも似た、強烈で鮮やかな、あの――。
それが何かを理解した瞬間、ティシェの喉から呼び声が滑り出た。
「グローシャっ!」
後方から瞬時に竜が駆けて来る。
反射的にトールは道を空けたが、グローシャは彼を見ることなく前を過ぎて行く。
ティシェが背に跳び乗ったのを確認すると、グローシャは再び駆け出す。
向かう先は洞窟の奥。暗闇に包まれ、その先は見通せず窺い知れない。
グローシャが体内に灯の珠を巡らせ、身体に光を帯びさせ始めれば、周囲もほんのりと照らし出され始めた。
だが、彼女達がその場から離れてしまえば、残されたトール達は次第に暗闇に覆われることになる。
遠くなっていく背を見送るつもりはない。
――と。ふいに、つきん、と頭が痛んだ気がした。嫌な気配を感じつつ、トールは軽く頭を振って後方を振り返り、アーリィを呼んだ。
「アーリィっ! ティシェ達を追いかけるよっ!」
訝しげにしながら、角先にラッフィルを留まらせたアーリィがトールの横に並ぶ。
トールは懐にラッフィルを潜り込ませてからアーリィの背に跳び乗り、グローシャを追うため彼らも駆け出した。
けれども、天色の瞳が背のトールを見る。その瞳が説明を求めていた。
トールは彼女の角先に手を添え、視線は前方を据えたまま答える。
「あのきらめきは、星願の竜のものだ」
さしものアーリィも天色の瞳に驚きを滲ませ、不機嫌に少しだけ唸る。
改めて前方に視線を据えると、駆ける足に力を入れて速度を上げた。
*
奥へと進むにつれ、あのきらめきが強くなる。
鞍もなしにグローシャの背に跨っているため、普段と違って揺れは直接感ずる。
落ちることのないよう、均衡を保つことに集中しなければならないのに、ティシェは気持ちが逸って急いていくのを自覚していた。
グローシャもそれを感じ取っているのか、背のティシェを気にしつつも、駆ける速度を緩める様子はない。
それからややし、後方から声が飛ぶ。
「ティシェっ!」
ちらりと肩越しに振り返れば、大きな陰影。
すぐにグローシャの灯にほんのりと暗闇から浮き上がった。トールとアーリィだ。
ティシェ達に追いつき、トールはほっと息を吐き出す。
「やっと追いついた。ティシェ、落ち着こうよ。そんなに急がなくても――」
「急がなければ行ってしまうかもしれない」
口早に彼の言葉を遮り、ティシェは視線を前方の方へ戻すと、その先を睨むように蒼の瞳を細めた。
その視線はどこか鋭く、彼女の放つ気配も少しだけ刺々しい。
グローシャがぐるると小さく唸った。
「でも、この先にあの竜が居るって決まったわけじゃないよね」
「あの強烈で鮮やかなきらめきは、星落つる跡地の比ではない。かの竜のものだろう。トールは見たことないか?」
「……まあ、あるけど。あの強烈さだもん、忘れられないよ」
それは今でも鮮明に思い出せるほどに。
だからトール自身も、この先にかの竜が居るのだろうなと、確信に近いかたちで思っている。だが。
「だから、逸る気持ちもわかるけど、少し落ち着こうよ……というか、落ち着いてよ……っ」
つきん、とまた痛んだ。軽く顔をしかめ、トールは頭を手で押さえた。
トールの異変に気付いたアーリィは、駆ける速度を少し緩めると、背の彼を見やり、フルルゥと気遣わしげに声をもらす。
それに対して、大丈夫だよ、と小さく笑って応えるも、彼を見やる天色の瞳に険がはらんだ。
やがて、アーリィの足が止まってしまう。
グルルと強く唸る声は、嘘をつくなと小言を言われているようで、トールは痛みに顔をしかめつつも、困ったように眉尻を下げた。
「どうした?」
先を行っていたティシェとグローシャが、トールとアーリィのやり取りに気付いて戻って来る。
グローシャからの灯で周囲がほんのりと明るくなると、トールの様子にティシェも気付く。
「体調が悪いのか?」
「……ちょっと頭が痛いだけだよ」
トールの返答に、アーリィがぐるっと唸って身体を揺すった。
ほら、嘘だった、と不機嫌に天色の瞳が彼を睨む。
「アーリィ、ごめん。嘘ついたつもりはなかったけど、素直に言えばよかったよね。それは悪かった。でも、お願いだから揺らさないで、頭に響く……」
硬く目をつむって頭を押えるトールに、さすがのアーリィもすぐに動きを止めて心配げな目を向けた。
「いつからだ?」
トールの顔を覗き込んでティシェが問う。
心配そうな蒼の瞳が灯で揺らめいた。
「……奥に進んでから、だんだんと、かな。空気がなんとなく重いなって、感じはじめてからかも」
「空気が、重い……?」
小さく眉を寄せるティシェに、顔をしかめたまま、ゆっくりとまぶたを持ち上げたトールが首を傾げる。
「そんな感じ、しない?」
「いや、私はそんな感じは……」
「……そっか。でも、アーリィは何か感じてる」
自分が乗る竜に話を向けてみれば、不機嫌にグルルと唸りつつも応じる声が上がった。
「いつもより、気が立ってる」
痛みをやり過ごすために深く息を吐いて、トールはアーリィの首筋を撫でる。
それでもまだ彼女の気は立ったままだが、幾分かは落ち着いたのか、フルルゥと頭を軽く振った。
「グローシャは――」
トール達の様子を見ていたティシェも、グローシャの様子を窺う。
彼女はぐるると少しばかり唸りつつも、問題ないと真っ直ぐティシェを見返した。
次いで下の影へと視線を落とす。
影の中で紅の双眸が不機嫌に瞬いた。
「ぞわぞわ、する」
「何がだ?」
「わからない。けど、ぞわぞわ、する」
ぶるりと身を震わせると、カロンは影の奥深くに沈んでしまう。
ティシェは顔を上げ、トールと顔を見合わせた。
彼のしかめられた顔は辛そうで、ティシェはぐっと口を引き結んだ。
「トールは先に戻っていてくれ」
「え、ティシェは……?」
「私はこのまま奥に進む。――グローシャ、大丈夫そうか?」
グローシャが軽く身を震わせ、ピルゥとティシェに応じて身を翻す。
トールが呼び止めようと口を開く前に、彼女達はずんずんと奥へ行ってしまった。
灯りが遠退くということは、残されたトール達は、やがて強まる暗闇に包まれるだろう。今だってほら、数歩先でさえ闇に溶けていく。
痛みに顔をしかめつつ、トールは億劫げに顔を上げて、ティシェ達が消えていった暗闇を見やる。
「……灯竜灯は外に置いてきちゃったし、真っ暗な中戻るのも危ないし」
フルル、と同意の声がアーリィから上がる。
「結局は僕達も奥に進む、しか、ないよね……っ」
う、いたい。と痛みに項垂れると、天色の瞳が大丈夫なのかと問うてきた。
「だいじょ――」
ぶだよ、と答えようとすれば、その瞳がすぅと細められる。
トールはその瞳の鋭さに、うっ、と言葉を詰まらせ、視線を逸らした。そして、観念して息を一つ落とすと、改めて向き直る。
「……我慢する。だから行こう。灯竜がいなくちゃ、灯煌石だってただの石で、道は照らしてくれない」
置いていかれたら、それこそやばいし。
と下手くそに、にっと笑って見せたが、これが強がりなものだと、きっとアーリィには気付かれているだろう。
けれども、彼女は嘆息一つで納得してくれた。
それがフリだろうが構わない。結局のところ、奥に進むしかないのだから。
アーリィらが嫌うために、普段は懐中電灯は持ち歩かないのだが、これからは持ち歩くようにした方がいいのかもしれない。
そんなことを、トールは痛みで鈍る頭でぼんやりと考えていた。
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