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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 6.はじまりの願い星
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大事にさせて


 きょとり、と。トールは鳶色の瞳を瞬かせた。

 

「えっと、そのティシェの言う『もと』っていうのは、僕が生まれ育った『あっち』ってこと?」


 ティシェは口を強く引き結んだのち、じわりと緩めて頷く。

 トールはぱちくりと幾度か瞳を瞬かせ、のろのろとティシェを見やってから、確かめるように言葉をもらす。


「帰れる、の……?」


 ぎゅっ、と。ティシェは己の手を握り込む。


「……連れてこられたんだ。その逆も可能だと、私は考えている」


「……そっか」


 そしてまた、そっかぁ、と噛み締めるように呟く彼の顔は、優しくて、あたたかで、それでいて、懐かしみに少しだけの愛しさをはらませていた。

 まるで誰かを思い浮かべているように。

 誰かはわからなくとも、どんな人なのかは解った気がして、ティシェの心を酷くざわつかせる。

 そしてトールは、ティシェをしっかりと見た。鳶色の瞳に捉えられ、ティシェの鼓動は大きく跳ねた。

 トールが口を開く。


「なら、僕の答えは『帰りたい』かな」


 さらりと答えを口にした。

 あまりに軽く返された答えに、ティシェは蒼の瞳を大きく見開いてしまう。

 彼には逡巡も惑いの色もなかった。

 諦めにも似た色を蒼の瞳に滲ませ、ティシェは一度俯く。そして、瞳に覚悟を宿してトールを見る。

 砂を食んだようにざらつく舌で言葉を紡いだ。


「――ならば私は、生涯を通じて星願の竜を探そう」


「待って。なんでそんな壮大な話になるの」


 表情は動かないまでも、トールの眉が少しだけ動く。


「なにか早とちりか勘違いしてる気がするんだけど」


「いや、これは私のけじめの話だ。問題ない」


 ティシェも常に乏しい表情下できっぱりと言った。


「トールは帰りたいんだろう? ならば、私はこちらへ連れてこられてしまった要因をつくった者として、帰す術をみつける責任がある」


 瞬間、鳶色の瞳に怒の色が爆ぜる。


「責任って、あのね――」


 それをティシェが待ったをかけて遮る。


「わかっている。そこに感じた痛みはト(・)ー(・)ル(・)のものだということ、それはもうわかっているんだ。だが、つくってしまった要(・)因(・)に(・)対(・)す(・)る(・)この痛みは私(・)のものだ」


 しんっ、と静寂の音が響き、そこに反響する川の音が絡む。

 ピィ。声が一つし、羽ばたきの音と共に、もふっとしたものが、ぽふっとトールの頭に着した。

 彼の髪に身を沈めたラッフィルが、気が立っているトールを鎮めるようにまた一つ、ピィ、と声を発する。

 トールが口を強く引き結びつつも、努めて呼吸を深く繰り返す。


「……ごめん。感情まかせになった」


 ばつの悪そうに告げる彼に、ティシェは首を横に振った。


「それは気にしていない。だが、私は間違ったことを言っているだろうか」


「ううん。間違ってない、間違ってないよ。僕が納得できてないってだけ」


 トールは足下に視線を落とし、水面に踊る揺らぐ灯りを見つめる。


「ティシェの痛みと言われちゃえば、僕が踏み込めるところじゃないっていうのはわかった。けど、これだけは言わせて」


 ぐっと顔を上げ、真っ直ぐティシェを見やった。


「僕の言う『帰りたい』は、もとの場所に戻りたいとかって意味じゃなくて、里帰りしたい、みたいな意味だから」


「は……?」


 吐息のように声をもらすティシェに、トールは「そこは早とちりしないでね」と憤りをはらませた真剣さで返す。


「だ、だが、トールには家族や友人もいたんだろう? 大切に想う相手が――」


「いるよ。いるから一度帰って、僕はこっちで元気にしてるよって伝えたいなって思ったんだ。きっと心配させてる。あっちじゃ、僕は突然失踪の行方知れずになってるだろうし」


 苦く笑って、肩をすくめた。

 そんなトールへ、ティシェはわからないと首を振る。


「それじゃまるで、こっちに居たいと言っているように聞こえるが」


「そう言ってるつもりだけど?」


 トールは乾いた声で続ける。


「だって、こっちに連れてこられたことで、あっちで持ってたいろんなものがリセットされて、文字通りにゼロからの始まりだったんだよ? それを数年かけて、今はなんとか身を立てられるようになったけど、それをまたリセットして、一から?」


 そこで言葉を切り、にこりと彼は笑った。

 向けられた笑顔に、ティシェは怯んでしまった。


「そんなのは嫌だよ。せっかく頑張ってきたのにさ」


 肩をすくめてさらりと答えると、ふいと鳶色の瞳が逸らされる。その瞳が、翳りで小さく揺れたのをティシェは見逃さなかった。

 なんだかわかってきたように思う。

 彼がにこりと笑うのは、線引の意味合いもありながら、その一方で隠したいからだ。

 本心をさらすのは、時に弱みへと繋がってしまうから。

 でも、虚勢などはらないで欲しいと思うのは、ティシェのわがままだろうか。

 今の言葉も嘘ではないと思う。けれども、その裏に隠された本心を見たいと思ってしまうのは、たぶんきっと、ティシェのわがままだ。


「前も言ったが、見栄も虚勢も、今は張る必要などないだろう」


 トールの方へと手を伸ばす。彼の頭に留まっていたラッフィルが離れる。

 少しだけ背伸びをして彼の頭の後ろへ手を回すと、自分の肩に乗せるようにして引き寄せて抱えた。


「私に見せてくれ」


「何を」


 くぐもった声に、そっとささやき返す。


「トールの気持ち」


 トールが息を詰めたのを感じながら、ティシェは言葉を続けた。

 

「私の前では隠さないでくれ。一緒に抱えたいんだ」


「……それは、要(・)因(・)をつくってしまったことへの罪悪感から?」

 

 彼の揶揄するような声に、今度はティシェが声をつまらせる。

 けれども、これははっきりと告げたかった。


「……それも確かに否定はできない。だが、こうも言った。私はトールの隣に居られる理由が欲しいと。私はトールが大切で、大事にしたいんだ。だから――」


 そこで、そっと言葉を区切る。少しばかり気持ちを転がしてから、緊張はらむ声で大切に再び告げる。


「だから、大事にさせてくれないか……?」


「……なにそれ、どきつくんだけど」


 ティシェのすぐ耳横で小さく落とされた言葉。

 それは幾度と聞いた、彼の常套句のような台詞。

 けれども、そこに灯る熱はたぶん、ティシェが胸に抱く熱と同じ温度な気がした。

 こつん、と。トールの頭が乗る肩に重さがかかった。

 受け止めた弾みで、浮かせていた踵を地に付いた。


「……もう、ゼロからやり直す気力がないんだ」


 その声は、ささやき声にも似た、弱った響きを持ったものだった。


「あっちに戻るってことは、完全なゼロではないかもだけど……それでも、就職するために家を出たんだよ。部活で手一杯でバイトなんてしてこなかったから、あっちの社会経験もないし、飛び抜けたスキルもない。なのに、こっちで築いてきたものを捨てて、またそこからやり直せってさぁ……転職するのとはレベルが違う話じゃぁーん……」


 トールの言っていることは半分もわからなかったが、それでも、その本質は受け留められた――ような気がする。

 少しだけ自信がなかったが、ティシェは抱える彼の頭を撫でてみた。これが大事にするということだろうか。

 やわい彼の髪を撫でながら、ティシェはくすと小さく笑う。腕の中で頭が身じろいだ。


「……なんで笑った?」


 ちょっといじけた鳶色の瞳が、横目でティシェを見やる。


「いや、私も案外自信がないんだなと。……私は今、お前を大事にできているか?」


「……っ、僕がどきついてるから、できてるんじゃないの」


「……なんだ。トールがどきついている時、私はお前を大事にできていたのか?」


 驚きを含ませてトールを見やれば、瞬時に頬を熟れさせた。

 その反応に、なんだ、どうした、と瞳を瞬かせていると、彼は徐ろに頭を起こした。

 少しだけ目線の高いトールがティシェを見下ろす。


「そうだよ。してくれてたよ」


 鳶色の瞳の奥に、ちりりと熱が垣間見えた。

 その熱が伝熱してしまったように、ティシェの頬に熱をほんのりと灯させる。


「そうか。できていたのか」


 これ以上は焦げてしまいそうで、ティシェはふいっと目をそらしてしまった。

 だが、トールは構わずに言葉を続ける。


「ねぇ、ティシェ。僕にも君をだい――」


 その、刹那だった。

 ティシェとトールの間を、きらめきが過ぎ去った。

 星のきらめきにも似た、強烈で鮮やかな、あの――。

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