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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 5.灯りに馳せるはかつての繋がりと
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少女は青年との旅をまだ


 頬に灯る熱を自覚しつつ、トールは深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 吹き抜ける夜風が頬を撫でた。

 夏の時期といえど、森は暑さを和らげ空気を冷やす。その冷やされた空気が心地良かった。

 その人心地に気持ちが落ち着いてくると、とある疑問が浮かんできた。


「――ねぇ、ティシェ」


 ん、なんだ。とティシェがトールを見やる。

 トールは瞬く蒼の瞳を見つめた。


「驚かないん、だね?」


「何をだ?」


「僕が別の世界から来たって話に」


 風が吹く。目にかかった前髪が視界に入り、トールは「そういえば」と思い出したように呟き、さらに言葉を続けた。


「初めて会った時にも、ティシェは僕の髪色にも驚かなかったね」


 指先で自身の黒の前髪を摘む。


「僕はあとから知ったけど、黒の髪色って、この国……というか、この大陸では珍しい色らしいよね」


「そうだな、全くいないわけでもないが、珍しい色だとは思う。この国、この大陸で見る黒の髪色の者は、旅人か移民か、はたまたその血を引く者だと言われている」


 ふーんと相槌をうち、トールは摘んでいた髪を放す。

 伸びた前髪は、すでに目を完全に隠す程になっていて、そろそろ切らなきゃなと彼は思っているところだ。

 と。そこへ、横からティシェの手が伸びる。

 その手が、そっとトールの前髪を持ち上げ、鳶色の瞳を見つめた。

 トールは身体を強張らせ、ティシェも彼の瞳に緊張が滲んだのを見て、はっとして伸ばした手を放した。

 はらりと前髪が落ち、トールの瞳を隠す。

 今なにか、彼の瞳の奥になにかの熱を見た気がした。

 ティシェは落ち着かない心地に襲われ、思わず下を見て、言葉を探して小さく視線を逃がした。

 どうしてか、頬に熱が集まっている気がした。


「わ、私の」


 頬に灯る熱を誤魔化すため、咄嗟に声を出す。


「私の育ての親は、黒の髪を持っていたから。だから、私の中でトールのその髪色については、珍しいと感じるものではなかったんだ」


「……それは、初耳だな」


 少しばかり驚きを滲ませた彼の声音に、聞き慣れない言葉を拾ってティシェは顔を上げた。


「はつみみ……とは、初めて耳にしたということか?」


「うん、そうだけど。これも聞きなじみない言葉だった……?」


「まあ、私はなかったな」


「……そうなんだ。だとすると、ティシェが意味を察してくれることが増えたよね」


 ん、とティシェが小首を傾げる。


「最近は訊いてくることも少なくなってきてたし、訊いてくれても、今みたいに確認のためだったりとかで」


「ああ、それか。トールとの付き合いもそれなりになってきたしな。一緒にいる時間が多ければ、自然とわかってくる」


 真っすぐに見て、真っすぐな言葉を紡いだティシェに、トールは鳶色の瞳を瞬かせ、彼女を見つめ返した。

 やがてトールは目を逸らし、「そっか、一緒にいるもんね」と呟いた。

 そんな彼の頬にほんのりと朱が差すのを、星明りの下で見たティシェは、どうしてかまた頬に熱が集まった気がして、同じく目を逸らした。

 隣り合って座っているのが、今更ながらに落ち着かなくなる。

 触れ合いそうなほどに近い肩へ意識が向いてしまい、今すぐに離れたいような、けれども、もう少しだけこのままでいたいような。

 そんな矛盾した気持ちを抱くのだった。





 トールが再び、懐中電灯で照らした地図へ視線を落とす。

 何事かを思案しているらしいその横顔を、ティシェは隣で覗き見ながら、まだ答えてもらえていなかった問いを投げた。


「それで、何をしていたんだ?」


 トールは顔を上げ、ああ、答えてなかったね、と地図をティシェの方へと差し向けた。


「水晶の泉までの道程を考えてたんだ。懐中電灯の明かりはアーリィも嫌うから、皆から離れたところで考えようと思って」


 トール自身もティシェへと身を寄せ、二人して地図を眺める。

 彼が指先で示した現在位置から、すぅーと地図上を滑らせていく。


「夏の時期を考慮して、暑さの和らぐ森から向かおうと思う」


「だが、このまま進めば山にあたるぞ」


 ティシェはトールの動かす指先の、さらに先へ目を向け、彼女もそこを指先で示した。


「そうなんだけど、地図には描かれてない洞窟がある」


 ティシェが顔を上げれば、思ったよりも近くにあった彼の顔に一瞬息を詰まらせたが、その顔がにやりと笑う。

 鳶色の瞳を好奇心できらめかせた、そんな子供っぽい笑顔だった。


「そういうのって、わくわくしない? 未開の地みたいでさ」


「未開の地だったのならば、トールはその洞窟の話は知らないはずだと思うが」


「それは……そーだけど」


 ティシェが思ったことを素直に返せば、トールは口をへの字にし、拗ねたように目を逸らした。

 懐中電灯の明かりが下から煌々と照らし、トールの表情の変化もよく見える。

 ――かわいいな。ぽっ、と灯ったそんな想いに、ティシェの顔に淡い笑みが浮かんだ。


「悪い。正直過ぎた」


 自分の言葉に反応してくれた彼がおかしくて、楽しくて、言葉にしがたい、あたたかでやわらかな気持ちが胸内に沸く。

 だからだろうか、少しだけからかいたくなった。

 赴くままに手を伸ばし、普段よりも近くにあるトールの頬に触れる。

 彼の身体が強張ったのが、触れた手越しに伝わった。

 緊張気味に揺れる鳶色の瞳が、そっとティシェを窺い見る。

 気を良くしたティシェは、ほんの少しだけ笑みを深めた。


「すまなかった」


 やわらかな声音に、トールの頬が仄かに朱に染まる。

 口を引き結び、むぐむぐとしたあと。


「なんか! いろいろと、近いっ!」

 

 一つ叫び、彼はすっくと立ち上がった。

 遠巻きながら、カロンが何事だろうかと影から顔を出す。

 トールは側に立てかけていた巻き鞄を取ると、そそくさと地図をしまってしまう。

 懐中電灯の明かりを落としてそれもしまうと、ティシェに背を向けた。

 木の根から地へと飛び降り、けれども、そこで一度ティシェを振り返る。 


「さあ、戻るよ。さっさと寝ないと朝になっちゃう」


「そうだな、朝になってしまう」


 くすくすと肩を揺らして笑うティシェに、トールはむっと口をまた引き結んで、今度こそ背を向けて行ってしまう。

 その反応が楽しく、同時にやはり可愛くも思えてしまって、ティシェは一つの気持ちを自覚した。

 困ったな、と。少しだけ諦めをはらんだ表情を浮かべ、虫の唄声が聴こえる夜の森に、ぽとりと言葉をこぼす。


「……ああ、終わらせたくないなあ」


 ――トールとの旅を。

 その言葉は飲み込んだ。

 楽しい旅を終わらせたくないと惜しむ気持ちと、もっと別の熱を持った気持ち。

 その気持ちは、たぶん、もうずっと前からティシェの中に在って、燻っていたものだ。

 ふう、と息を一つ落とすと、既に夜闇に見えなくなってしまったトールを追いかけるため、ティシェも木の根から地へと飛び降りた。

 夜風が枝葉を揺らす。それはまるで、早くお休みなさいと訴えているようで。

 眠気に誘われてしまったのか、ティシェはあくびを噛み殺す。


「はやく、いこう」


 促す声に視線を足元に落とせば、影の中から紅の双眸がティシェを見上げていた。

 それに頷き返し、ティシェはトールのあとを追うために足を踏み出す。

 少し森を進んだ先で、トールがティシェを待ってくれていて、彼女は嬉しさを胸内に抱きながら、彼へと駆け出した。




 これは、一緒に旅をする仲間との終わりを予感させた夜のひとこま――旅の一頁である。

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