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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 5.灯りに馳せるはかつての繋がりと
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彼の告げる、それ


「あ、ここには考え込むために来たわけじゃなかった」


 鳶色の瞳を瞬かせ、トールは背をあずけていた幹から身体を起こした。

 側に立てかけていた物を取り、膝上に乗せる。

 くるくると巻かれたやわらかな革素材のその鞄は、トールは巻き鞄と呼び、地図を持ち運ぶのに重宝している。

 紐を解いて鞄を広げると、懐中電灯の明かりを点けて手元を照らす。この辺りの地域地図を丁寧に引き抜き、また巻き鞄を巻いて立てかけた。

 膝上に広げた地図を懐中電灯の明かりで照らしつつ、地図上の道を指でなぞっていく。


「……この先からは、舗装された道も多くなる。歩きやすくはなるだろうけど、日中の移動は厳しくもなるかもなあ」


 日中の陽射しは今の時期ですら強いと感じるのに、夏の盛りはこれからだ。

 となれば、一日の移動距離も考えなければならない。

 うーんと唸って地図を見やる。トールの視線は、別の道程も考慮しようと地図の上を走る。

 ――と。一つの気配を察して顔を上げ、背後を振り返る。


「ごめん。起こしちゃったかな」


 振り返った先では、ティシェが軽く見開いた蒼の瞳を瞬かせていた。




   *




「夜の森の一人歩きは感心しないが、何をしていたんだ?」


 こんな夜更けに、と口にしつつ、ティシェはトールの隣に腰を下ろす。

 身体の向きを変え、トールが隣を空けてくれた。

 そこに遠慮なく座らせてもらい、トールが広げていた地図を覗き込む――前に、彼が手に持っているものが気になった。

 不審気味に眉を小さく寄せながら、そっとそれを指差す。


「トール、それは……?」


 瞬間、トールの顔が強張った。明らかに答えあぐねる顔だ。

 ティシェはすぐに、まずかったか、と乏しい表情下で焦る。

 触れて欲しくない事柄だったのかもしれない。

 咄嗟に、いや、いいんだ、と言おうとティシェが口を開いた時、トールがそっと答えを口にした。 


「……懐中電灯」


「かいちゅー……――なんだ?」


 聞き馴染みのない単語に、反射的に聞き返す。


「懐中電灯。……噛み砕いて言えば、持ち運びができる小型の照明器具? 簡単に言えば、手持ちランプ……?」


 くっと眉を寄せたトールがティシェを見やり、そして「合ってるかな?」と首を傾げた。

 ティシェも同じように、くっと眉を寄せる。


「私に確かめられても知らないが……?」


「それも……そうだね」


 眉を寄せた顔で互いを見やって、しばらく。

 ティシェとトールは、ふっと息が抜けると、表情を緩めて小さく笑い合った。






「風の商人は珍しいものまでも扱うんだな。私はこんな手持ちランプは初めて見た」


 トールから受け取った懐中電灯を、ティシェは興味深げに眺めやる。

 いろんな角度から眺め、トールに教えてもらった通りに、尻の方のやわらかな部分を押す。

 カチッっと聞き慣れぬ音と共に、それはぺかぁとした光を落とした。

 足元を照らし、さっと追い払われるようにして影が立ち消えるも、取り残された影が一つ。

 くっきりと立体を帯びて残った影に、さすがのティシェもぎょっとして大きく蒼の瞳を見開く。

 当の影もびっくりしたのか、紅の瞳を忙しくなくぱちくりと瞬かせていた。


「う、うわぁ……影竜って、影からあぶり出すことできちゃうんだぁ……」


 トールが関心に戸惑いを混ぜたような声をもらす。

 驚きから立ち直ったカロンは、懐中電灯を思いっきり睨みつけ、じりじりと後ずさり、照らさせている範囲から出た瞬間に夜闇に沈んだ。

 そして、その夜闇の中から、警戒を多分に含んだ紅の瞳を向ける。

 ティシェがなんとなく手に持つ懐中電灯を動かせば、紅の瞳も追従するように追いかける。じとりとした、なんとも陰湿はらむ視線で。

 ティシェとトールは顔を見合わせた。


「すっかり警戒対象だな」


「影からあぶり出されるなんて、影竜にとっては致命的だよねぇ……」


 未だ影の中から警戒しているカロンを見やり、ティシェは懐中電灯のスイッチを切った。

 戻ってきた夜の色と、訪れた夜の気配に緩く息を吐いたカロンは、そのまま深くまで影に沈んでしまう。

 夜風に枝葉が揺れた。

 静寂が横たわり、茂みから聴こえる虫の声や、遠くで聴こえる梟の声が鮮明になる。


「それで、これは――?」


 静寂を揺らしたのはティシェだった。

 手にしたままの懐中電灯を示すように振り、トールへと差し出す。

 懐中電灯を受け取ったトールは、神妙な面持ちで手に持つそれを見つめた。

 何かを迷う素振りで、幾度か口を開いたり閉じたりを繰り返し、やがて、ふっと息を落としたところで顔を上げる。

 星明かりが彼の顔を淡く照らし、鳶色の瞳がティシェを真っ直ぐ見据えた。

 ティシェは蒼の瞳を小さく細める。


「……新商品って、雰囲気でもなさそうだな」


「うん、新商品でもない。風の商人では扱ってないし、どこの商会でも扱ってない。そもそも、この世(・)界(・)で造られたものじゃないから」


 せかい、と。ティシェは口の中だけで繰り返した。

 何かを言いかけ、そこで口をつぐむ。

 トールが一度目を伏せるから。言おうか言うまいかと、逡巡するみたいに。

 だから、ティシェは静かに続きを待った。

 トールがティシェを見る。問うような、推し量るような眼差しだった。

 ティシェがトールの手に触れる。ぴくりと動いたその手は冷たかった。あたためるように手を包み込み、トールを見る。


「聞かせて欲しい」

 

 トールはまた目を伏せ、そして、言葉を選ぶように慎重にそ(・)れ(・)を告げた。


「僕も、この世界の人じゃない――って言ったら、ティシェは驚く?」


 ざあっと、夜風が枝葉を揺らした。

 ティシェを見やる鳶色の瞳の中に、僅かながらの怯えが垣間見える。 

 互いに沈黙する二人の間を、さわざわと枝葉を揺らしながら吹き抜けていく。

 その中で、ティシェがそっと口を開いた。蒼の瞳はしかとトールを見る。


「一つ、確認をしたい」


 トールの鳶色の瞳が揺らぐ。

 だが、何かを決めたように蒼の瞳を見返し、彼は頷いた。


「なに?」


「前にトールは言ったな。こっちに連れてこられた、と」


「うん、言った」


「その、こっち、というのは、別の世界という意味か?」


「うん、そうなるね」


「……そうか」


 そうか、ともう一度だけ繰り返し、ティシェは視線を落とした。

 告げられた言葉を反芻し、受け留め、大切に裡に抱える。

 そして、ぽつりと言葉を落とす。


「ありがと、な。話してくれて」


「え、なんでお礼?」


 ティシェが顔を上げれば、困惑を多分に含んだ鳶色の瞳が自分を見返していた。


「話してくれたことが、嬉しかった。トールの深い部分に触れられたような気がして」


 やわく笑む彼女に、トールは声を詰まらせる。

 星明かりできらめいて見える彼女の蒼の瞳が、ゆるりと細められる。

 なんとかして絞り出した声は、情けないくらいにか細かった。


「……なに、それ。わりと勇気いったのに、なんかどきつくんだけど」


 拗ねたような顔で、トールはティシェから顔を逸らす。

 星明かりに照らし出された頬が、ほんのりと色付いていた。

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