↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 5.灯りに馳せるはかつての繋がりと
PR
70/117

ドライな明かり


 火の消えた薪から、一本になった煙が細く立ち上る。

 枝葉が夜風に揺れるさわめきを伴奏に、森の虫たちが子守唄を唄い、梟の声がゆったりとした拍を付けていく。

 眠気を誘うには十分な森の唄を耳にしながら、ティシェはグローシャに寄りかかって現と夢とを行き来していた。

 グローシャもティシェを包むように身を丸め、ほんのりと身体に熱を灯して夜冷えを遠ざける。

 傍には夜闇に沈んだカロンの寝息が響き、揺り籠代わりに耳にしているうち、ティシェの意識は現から夢へと落ちていった。




 ティシェの意識を揺り動かしたのは、ほんの小さな物音だった。

 彼女はゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 ぼんやりとした視界に映ったのは、冷えた薪。そこに煙はすでにない。

 グローシャの寝息と、カロンの寝息。そのうち、一つの寝息が揺れた。

 グローシャは深く眠っているようで、ティシェが身を起こしても起きる気配はなかった。

 はっきりしない思考を軽く頭を振って払いつつ、物音の正体を探る。

 冷えた薪を挟んで対面する位置に、身を丸めて眠るアーリィと、その羽毛に埋もれて眠るラッフィルの姿。

 こちらもグローシャ達と同じく、深く眠っているようだった。けれども、そこにトールの姿はない。

 そのまま、すっと視線をアーリィの向こうに広がる夜の森へ向ける。

 その際、後ろ姿がちらりと見えた気もしたが、すぐに夜闇に紛れてしまった。

 ホー、ホーと遠く聞こえる梟の声。夜は深い。

 こんな夜更けにどこへ行こうというのか。

 ティシェも静かに立ち上がった。まだ追いかけられる距離だろう。

 グローシャのもとを離れ、冷えた薪を過ぎて、眠るアーリィ達の横を通り抜けた。影も追従するように動いた。

 ちりちり、ころころと近くで鳴いていた虫が、ティシェの気配にふつりと黙る。

 しんっと静寂が広がった中で、ティシェは足音を忍ばせて夜の森を歩く。

 それでも微かにする地を踏む足音は、夜風に揺れる枝葉が隠してくれた。

 森も眠る時間帯といえど、できるだけ気配は絶つに限る。


「夜の森の一人歩きは感心しないな」


 な、カロン。

 と、己の影へ視線を落とすと、枝葉から落ちる星明かりに揺れる影がうごめいた。

 影の中で紅の双眸が文句ありげにティシェを見上げる。


「ティシェも、感心、しない」


 ぽそりと呟かれた声に、ティシェは小さく苦笑して前を向く。


「だろうな。カロンが付き合ってくれてよかったよ。ありがとう」


 護衛も兼ねて追いかけてきたカロンは、諦めたように息をもらして、影の底へと再び沈んだ。




   ◇   ◆   ◇




 どっぷりと夜に浸った森の奥。

 枝葉から落ちる星明かりの下に、トールの姿はあった。

 地中から顔を出した太い木の根に腰を下ろし、ぼんやりと手の中のものを見下ろす。

 棒状のそれを手の中で回してもてあそびつつ、すんと凪いだ表情で呟いた。


「やっぱりこれ、小型の懐中電灯だよね」


 今風にいうなれば、小型ライトかハンディライトか。

 まあ、どちらも意味は同じだろう。

 くるくる回していた手を止めると、懐中電灯の尻の方を親指で押す。

 カチッ、と音がなれば、懐中電灯の先の方が、ぺかぁ、と明るくて強い光を落とした。

 昼間にティシェが屋台で買ったあの首飾りとは違い、こちらはなんとも無機質で人工的で――乾いた明かりだ。


「ドライな明かりだなって、思っちゃうよねぇ」


 困ったようにくしゃと笑い、スイッチを切る。

 手の中にある懐中電灯の重さを感じながら、幹に背をあずけて夜空を見上げた。

 首飾りを見ながら、ティシェが言っていたことを思い出す。すでに無いものが確かに在ったんだ、とその存在を自分に感じさせてくれる、思わせてくれると。

 トールにとってのそれは、この懐中電灯なのかなと改めて思うも、これはティシェのように、トールをあたたかな気持ちにさせてくるものではなかった。

 だが、繋がりを示して感じさせてくれるものには違いなかった。

 問題なのは。


「……これが僕のものじゃないってこと」


 トールがこちらへ連れてこられた時に所持していた、あちら由来のものは全て売り払われてしまっている。

 そして、それは未だ買い戻せてはいないし、既にその行方もわからない。

 それに、だ。トールがこちらへ連れてこられた際に懐中電灯は持っていなかった――そのことが問題なのだ。


「こっちでこんな発展した道具は見たことないし、あるとも聞いたこともない」


 手元に視線を戻し、ふぅうと重い息を吐き出す。

 カチッとまたスイッチを押し、無機質で人工的な乾いた明かりを落とす。

 そもそも、こっちで温度のない明かりは目にしたこともない。だから、今手元にあるこれが、こっち由来の道具ではないとトールは考えている。

 ということは、だ。


「――僕以外にも、こっちの世(・)界(・)に来た人がいる」


 そんな可能性が浮上することになる。

 意味なくゆらゆらと揺らしていた懐中電灯のスイッチを切ると、幹に背をあずけたまま、こつんと後頭部も幹に付けて夜空を仰ぐ。

 見上げた先では、寄り添い合うように星々が瞬いていた。




   *




 先程、遠目にちかちかと見えた不可思議な光を頼りに、ティシェは夜の森を歩き続けていた。


「これでトールではなかったらまずいけどな」


 思わずぽつりと言葉をこぼせば、足元の影が動いた。

 うにょん、と影から尾が伸びる。その先を飾る鉱石に似たそれが、普段の丸みを帯びた形状から、鋭さを帯びたものになっている。


「いつでも、応戦、できる」


 影から紅の双眸が強さを湛えて瞬いた。


「頼もしいな。いざという時は、頼りにしてるよ」


 口の端を小さく持ち上げてティシェが笑うと、カロンは尾を影に戻して影に沈む。

 カロンが気配を夜に溶け込ませてしまえば、もうティシェには彼の存在は掴めない。

 ティシェは前を向き、足を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。