繋ぎて、紡ぐ
裏通りの市場も賑わっていた。けれども、人の姿はまばらであり、通りに並ぶ露店もちらほらとある程度。
ちらりと、ティシェの視線が繋がれたままの手に移る。
二人、手を繋いだまま歩いても、人にぶつかるなどの心配は不要だった。
繋がれたままの手。意識は自然と、自身の手を握る彼の手に向かった。
触れる温度、包むぬくもりは相手を感じさせる――独りじゃない。
相手と触れ合うことで、こんなにも安堵を覚えてしまうものなのか。そんな小さな気付きに、驚いた。
なんとなく、トールと繋ぐ手を握り返してみる。
変化に気付いたトールが肩越しに振り返った。
「何か気になる露店でもあった?」
繋ぐ手と同じ温度の瞳を向けられ、ティシェは蒼の瞳を瞬かせる。
じんわりと胸に灯る熱を瞬きで隠した。
「いや――」
ティシェは反射的に口を開きかけ、けれども、今度は別の意味で瞳を瞬かせて鼻を鳴らす。
香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、口の中で唾液が滲んだ。
無意識下で腹に手を添えれば、トールが小さく苦笑して足を止める。
「ちょうどお昼時だもんね。焼き腸詰めの匂いかな」
そのまま手を引かれ、「あ、おい」とティシェが声を上げるままに、気が付けば露店の前にまで来ていた。
焼き腸詰めが串に刺さって並べられている。串焼きだ。
焼き立てらしく、香ばしく香り立つそれに、ティシェは口を引き結んだ。
切り分けて刺さった腸詰めの間には、ピーマンなどの野菜も刺さっており、その彩りもまた食欲をそそる。
並べられたそれらにティシェの目が奪われている間に、どうやら支払いを済ませてしまったらしいトールが振り返る。
その両手にある焼き腸詰めの串焼きに、ティシェは蒼の瞳を小さく見開き、凝視する。その瞳が控えめながらも、きらきらときらめくのを見たトールは、ははっ、と声を出して笑った。
裏通りの終わり、階段の端に座り込んだ二人は、熱々腸詰めの串焼きをはふはふとしながらかぶりつく。ぱりっといい音が響いた。
「ん、辛子がいい感じ」
「塩も効いていていいな」
舌を刺激するぴりっと感にトールはうんと頷き、ティシェも相槌を打つ。
二人揃ってはふはふとしつつ、串から腸詰めやピーマンを食い千切っていく。
ラッフィルはその片隅でパンを突いている。パンはまた別の露店で買ったものだ。
トールがティシェへパンの入った包みを手渡す。
「バンズだけど、挟むと合うかなって」
包みを受け取ったティシェは、その中を覗きこみながら得心して頷いた。
「なるほどな。それであまり味付けされていないパンを買ったのか」
「そーいうこと」
口の端を持ち上げ、トールは少しだけ得意げに笑う。
彼は包みからバンズを取り出し、残った串焼きの具材を引き抜いてサンドする。それに歯を突き立ててかぶりつく。
「ん、やっぱり合う。おいしいよ」
ほくほくとした顔でティシェに勧めた。彼女もこくりと唾を飲み込み、トールを真似る。
「……本当だな。合う」
串焼きの具材に時折はふはふとしながら、二人は夢中でそれにかぶりついたのだった。
*
ふう、と満足げな吐息をもらしたティシェは、ふと通りの合間から覗ける空を見上げた。
流れる雲に、心地の良い風が階段を駆け上がっていく。
風に煽られる頭巾を抑えながら、少しだけ竜を恋しく思った。
「いい風だね」
隣からする声に目を向ける。
トールも同じように外套の中から空を見上げていた。
外套の隙間から彼の顔が覗き見える。流れた前髪から鳶色の瞳が見えた時、雲が切れて陽が落ちた。
眩しさに細められた鳶色の瞳。その瞳が、陽を受けてきらめいたように見えた。
「そうだな。いい風だ」
頷き返すティシェの蒼の瞳は、トールの鳶色に向けられたまま。
その視線に気付いたトールが、ティシェを見やってその瞳を軽く瞬かせた。
彼女の言葉と見ているものが合っていない。そこにむず痒い居心地の悪さを覚えて、トールは目を逸らす。
「……ティシェさん、何を見てたの」
「トールの瞳を見ていた」
真っ直ぐなその言い方に、トールは息が詰まった気がした。
ちらりとトールが視線を持ち上げて視線が合うと、ティシェは口の端を小さく持ち上げて笑った。
その小さな笑顔に、トールはきゅっと口を引き結んだ。
「……何を」
「つい見てしまっただけだ。気にするな」
「気にするなって……」
外套の中でトールは、ちょっとどきつくんだけど、と口を尖らせて呟いた。
だが、ティシェは彼の言葉が聞き取れずに首を傾げる。その際、口元に残っていた塩っ気が舌先に触れた。
「――あ、そうだ。トール」
突として上がったティシェの声に、トールは「なに?」と少しだけ不機嫌そうな声で返す。
「私の分を払わなければ」
急な話の展開。その先が見えなく、トールは訝しげに眉根を寄せて今度は問いで返した。
「払う……?」
「昼代だ」
ティシェの答えに、ああ、とトールは言葉をもらす。
「それは僕が勝手に買ったものだし、それこそ気にしなくていいけど――」
「いや、こういうのを曖昧にするのはよくないだろう」
懐から財布を取り出そうとするティシェに、トールが待ったをかけた。
「じゃあ、こうしよう。今回は僕のおごりってことで」
「だが、それは……」
「僕達は旅の仲間だもん。ご飯くらいおごったりする間柄でしょ? だから、次の機会があれば、その時はティシェさんがおごってよ」
――仲間。その言葉の響きに、ティシェははたと動きを止めた。
なかま、と口だけでその言葉を紡ぎ、トールを呆けたように見やる。
「私とトールは、仲間、なのか……?」
「え、そこに疑問持っちゃう感じ……? まだ知人だった?」
まさか、仲間というには早計だったかと、別の意味でトールが顔を青くする横で、ティシェはその言葉の響きをじんわりと身に沁みさせていた。
トールとは知人から始まった関係だ。それが、彼から『仲間』と言ってもらえた。
ただそれだけの事なのに、それが思ったよりも嬉しいと感じている己に気付く。
だから、言い聞かせるように呟いた。
「……そうだな。私とトールは仲間だ」
項垂れていたトールがそろりと顔を上げる。
「仲間で、大丈夫……?」
「違うのか?」
「ううん。違わない」
ティシェに視界に収めたトールの表情が、ほっと安堵したように緩む。
それに釣られたのか、ティシェの表情も自然と緩み、柔く口の端を持ち上げて小さく笑った。
「今日は馳走になった。次は私におごらせてくれ」
「……うん」
トールは顔を逸らし、やっぱちょっとどきつくんだけど、と言葉をもらすのだった。




