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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 2.繋ぎゆる縁は紡ぎ深めるもの
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繋ぎて、紡ぐ


 裏通りの市場も賑わっていた。けれども、人の姿はまばらであり、通りに並ぶ露店もちらほらとある程度。

 ちらりと、ティシェの視線が繋がれたままの手に移る。

 二人、手を繋いだまま歩いても、人にぶつかるなどの心配は不要だった。

 繋がれたままの手。意識は自然と、自身の手を握る彼の手に向かった。

 触れる温度、包むぬくもりは相手を感じさせる――独りじゃない。

 相手と触れ合うことで、こんなにも安堵を覚えてしまうものなのか。そんな小さな気付きに、驚いた。

 なんとなく、トールと繋ぐ手を握り返してみる。

 変化に気付いたトールが肩越しに振り返った。


「何か気になる露店でもあった?」


 繋ぐ手と同じ温度の瞳を向けられ、ティシェは蒼の瞳を瞬かせる。

 じんわりと胸に灯る熱を瞬きで隠した。


「いや――」


 ティシェは反射的に口を開きかけ、けれども、今度は別の意味で瞳を瞬かせて鼻を鳴らす。

 香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、口の中で唾液が滲んだ。

 無意識下で腹に手を添えれば、トールが小さく苦笑して足を止める。


「ちょうどお昼時だもんね。焼き腸詰め(ソーセージ)の匂いかな」


 そのまま手を引かれ、「あ、おい」とティシェが声を上げるままに、気が付けば露店の前にまで来ていた。

 焼き腸詰めが串に刺さって並べられている。串焼きだ。

 焼き立てらしく、香ばしく香り立つそれに、ティシェは口を引き結んだ。

 切り分けて刺さった腸詰めの間には、ピーマンなどの野菜も刺さっており、その彩りもまた食欲をそそる。

 並べられたそれらにティシェの目が奪われている間に、どうやら支払いを済ませてしまったらしいトールが振り返る。

 その両手にある焼き腸詰めの串焼きに、ティシェは蒼の瞳を小さく見開き、凝視する。その瞳が控えめながらも、きらきらときらめくのを見たトールは、ははっ、と声を出して笑った。





 裏通りの終わり、階段の端に座り込んだ二人は、熱々腸詰めの串焼きをはふはふとしながらかぶりつく。ぱりっといい音が響いた。


「ん、辛子がいい感じ」


「塩も効いていていいな」


 舌を刺激するぴりっと感にトールはうんと頷き、ティシェも相槌を打つ。

 二人揃ってはふはふとしつつ、串から腸詰めやピーマンを食い千切っていく。

 ラッフィルはその片隅でパンを突(つつ)いている。パンはまた別の露店で買ったものだ。

 トールがティシェへパンの入った包みを手渡す。


「バンズだけど、挟むと合うかなって」


 包みを受け取ったティシェは、その中を覗きこみながら得心して頷いた。


「なるほどな。それであまり味付けされていないパンを買ったのか」


「そーいうこと」


 口の端を持ち上げ、トールは少しだけ得意げに笑う。

 彼は包みからバンズを取り出し、残った串焼きの具材を引き抜いてサンドする。それに歯を突き立ててかぶりつく。


「ん、やっぱり合う。おいしいよ」


 ほくほくとした顔でティシェに勧めた。彼女もこくりと唾を飲み込み、トールを真似る。


「……本当だな。合う」


 串焼きの具材に時折はふはふとしながら、二人は夢中でそれにかぶりついたのだった。




   *




 ふう、と満足げな吐息をもらしたティシェは、ふと通りの合間から覗ける空を見上げた。

 流れる雲に、心地の良い風が階段を駆け上がっていく。

 風に煽られる頭巾(フード)を抑えながら、少しだけ竜を恋しく思った。


「いい風だね」


 隣からする声に目を向ける。

 トールも同じように外套の中から空を見上げていた。

 外套の隙間から彼の顔が覗き見える。流れた前髪から鳶色の瞳が見えた時、雲が切れて陽が落ちた。

 眩しさに細められた鳶色の瞳。その瞳が、陽を受けてきらめいたように見えた。


「そうだな。いい風だ」


 頷き返すティシェの蒼の瞳は、トールの鳶色に向けられたまま。

 その視線に気付いたトールが、ティシェを見やってその瞳を軽く瞬かせた。

 彼女の言葉と見ているものが合っていない。そこにむず痒い居心地の悪さを覚えて、トールは目を逸らす。


「……ティシェさん、何を見てたの」


「トールの瞳(め)を見ていた」


 真っ直ぐなその言い方に、トールは息が詰まった気がした。

 ちらりとトールが視線を持ち上げて視線が合うと、ティシェは口の端を小さく持ち上げて笑った。

 その小さな笑顔に、トールはきゅっと口を引き結んだ。


「……何を」


「つい見てしまっただけだ。気にするな」


「気にするなって……」


 外套の中でトールは、ちょっとどきつくんだけど、と口を尖らせて呟いた。

 だが、ティシェは彼の言葉が聞き取れずに首を傾げる。その際、口元に残っていた塩っ気が舌先に触れた。


「――あ、そうだ。トール」


 突として上がったティシェの声に、トールは「なに?」と少しだけ不機嫌そうな声で返す。


「私の分を払わなければ」


 急な話の展開。その先が見えなく、トールは訝しげに眉根を寄せて今度は問いで返した。


「払う……?」


「昼代だ」


 ティシェの答えに、ああ、とトールは言葉をもらす。


「それは僕が勝手に買ったものだし、それこそ気にしなくていいけど――」


「いや、こういうのを曖昧にするのはよくないだろう」


 懐から財布を取り出そうとするティシェに、トールが待ったをかけた。


「じゃあ、こうしよう。今回は僕のおごりってことで」


「だが、それは……」


「僕達は旅の仲間だもん。ご飯くらいおごったりする間柄でしょ? だから、次の機会があれば、その時はティシェさんがおごってよ」


 ――仲間。その言葉の響きに、ティシェははたと動きを止めた。

 なかま、と口だけでその言葉を紡ぎ、トールを呆けたように見やる。 


「私とトールは、仲間、なのか……?」


「え、そこに疑問持っちゃう感じ……? まだ知人だった?」


 まさか、仲間というには早計だったかと、別の意味でトールが顔を青くする横で、ティシェはその言葉の響きをじんわりと身に沁みさせていた。

 トールとは知人から始まった関係だ。それが、彼から『仲間』と言ってもらえた。

 ただそれだけの事なのに、それが思ったよりも嬉しいと感じている己に気付く。

 だから、言い聞かせるように呟いた。


「……そうだな。私とトールは仲間だ」


 項垂れていたトールがそろりと顔を上げる。


「仲間で、大丈夫……?」


「違うのか?」


「ううん。違わない」


 ティシェに視界に収めたトールの表情が、ほっと安堵したように緩む。

 それに釣られたのか、ティシェの表情も自然と緩み、柔く口の端を持ち上げて小さく笑った。


「今日は馳走になった。次は私におごらせてくれ」


「……うん」


 トールは顔を逸らし、やっぱちょっとどきつくんだけど、と言葉をもらすのだった。

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